Life is a party
※時系列は無視(青峰開花がもうちょっとあとだったら的な…)話です捏造すみません〜。


8月31日。
この日付を見て連想するものと言えば、九割方が夏休みの宿題、だろう。
お誕生日会は前の月の奴らとまとめられるし、当日は当日でどうせ明日学校で会えるしとスルーされる。
小さい頃はそれがすごく悔しくて悲しくて親を無駄に恨みもしたけれど、バスケに没頭するようになってからはそんなことどうでも良くなった。

「どうでも良くないでしょ!?」

だが今、青峰の目の前では幼馴染が仁王立ちで足を踏み鳴らしている。

「どうして宿題全部真っ白なの!? 信じらんない!」
「だってよお」
「だってじゃないの! いい!? これから夜まで! 死ぬ気でやるからね!?」
「はあ!? やるわけねーだろこのおせっかいばば……ぶほあッ!」

フルスイングされたクッションが青峰の顔面を強襲する。
早朝にも関わらず、陽射しは刺すような強さで窓を突き抜けてくる。
けれど気付けば蝉の声はだいぶ大人しくなってきていた。



「違う。まったく……何を聞いていたのだよ」

緑間が眼鏡のブリッジをくいと押し上げながらさらさらとノートに数字を並べてゆく。
実に彼らしい、細くとがった少し右上がりの字を、青峰は若干白目を剥きながら必死に追おうとしていた。
なにしろテーブルで向かい合う緑間と青峰の間には、涼しい顔で文庫本を手にしている赤司がいるのだ。
本に集中してはいるが、明らかに数秒に一回くらいはこちらに意識を向けて青峰がサボらないよう牽制している。
牽制もクソも、赤司キャプテン様の座っている前にはハサミ・ホチキス・スチール製の30センチものさし・コンパス・三角定規・ペンチ・スパナ・千枚通し…ありったけのカラフルな文房具が散らばっている。(最後の方が文房具なのかどうかはこの際不問とする)
しかも時折握力でも鍛えているかのような調子でそれらの道具をもてあそんではかちゃかちゃ音を響かせるものだから、そのたびに青峰は本人いわく「キンタマひゅんってなる」ような恐怖に蹴っ飛ばされて問題集に向かう羽目になった。
まあ、要するに、実質脅迫であった。

「えーじゃあ緑間っち、ここはここは!?」
「おいちょっと待て」
「……ここはさっき使ったこの数式を代入するのだよ」
「なんでお前がここにいるんだよ黄瀬」

うなった青峰に対して、黄瀬は実にきょとんとした様子で小首を傾げた。

「だって俺もこれまだ終わってなかったから、ちょうどいっかなーって」
「『いっかなー』じゃねえよ良かねえよ勝手に混ざってんじゃねえよ」
「なんで!? なんで俺だけに言うんスか!? 黒子っちにはなんも言わないのに!」
「つーかいたんかーい!」
「ずっといましたけど」

青峰と背中合わせに、すごく不満顔の黒子がぼそりと呟く。

「キャー!テツ君オセロ強い! じゃあ次はツイスターゲームしよう☆」
「さつきテメェ手伝え! つかそいつについてどっから突っ込めばいいんだ!? 今どきツイスターゲームて!」
「よっしゃじゃあ青峰っち! ツイスターゲームで俺とワン・オン・ワンするっス!」
「しねーよ爆発しろ!」

最初こそこんな有様であったが、そのうち特別講師として赤司も参戦し、黒子も基本的なミスの指摘やささやかなアドバイス役に回り、桃井が早く片付けられそうな教科や問題を効率よくピックアップしていくことで、なんとかここまでやれば見通しが立つだろうというところまでこぎつけた。
「それじゃあ今日はこれで切り上げるぞ」という赤司の声を合図に、ぐったりしている青峰を除いたメンバーは各々身支度を始める。
そういえば――青峰は皆が手にしている大きなスポーツバッグに目を留めぼんやり思う。

(部活ねェのになんでこいつらスポーツバッグ持ってんだ……?)

「――ああ、敦か。わかった。こちらもそろそろ向かうところだ」

赤司が出た携帯の相手は紫原のようだ。そういえば彼もあまり勉強が得意なイメージは無いがどうしているのだろうか。
まあ何かあったら真っ先に赤司を頼るだろうから、その点心配はいらないのかもしれない。

「ほら大ちゃん。仕度して」
「はァ?」
「いいから早く! お腹減ったでしょ?」

既にすっかり課題によってエネルギーを吸収された青峰は、抵抗する気力さえ残っていなかったのと、確かに空腹だし何か食べに出かけるのなら…と重い腰を上げた。



「――ってここメシ屋じゃねーだろ……いや途中からここだろうなとは思ってたけどさ……」

たどりついたのはいつも彼らが立ち寄るストリートバスケ場。先に待っていたのは大きなデリバリーピザの箱を四つも抱えた紫原だった。
が、ひと箱は待ちきれず一人で食べてしまったらしく、残りの三つをコート外のベンチテーブルでつまむ。

「というわけで大輝、これから3on3だ」
「あ? どういうわけだよ」
「だってぇ、青峰っちが喜ぶっつったらこれしかないっしょ」
「まあね〜」
「それより課題を手伝った方がずっと大きなプレゼントだったと思うのだよ。個人的には」
「楽しみです。ちょっと合宿みたいですね」

そこでやっと青峰は思い出した。本日が自分の誕生日だということを。
黒子の隣にちゃっかり陣取っている桃井の方を見ると、なぜか勝ち誇った顔でブイサインを繰り出していた。首謀者は彼女に違いない。
それでもこの勝手バラバラ、超絶個性派なメンバーがプライベートで勢ぞろいするなんて珍しい。
理由はわかりきっている。

(バスケしてェから、だな)

青峰にしてみれば、自分への誕生日祝いがどうという以前にこうしてバスケをするために皆が集まった、そのことだけで十分だった。
もっと言えば、バスケができるだけで十分だった。
コートの貸し出し時間終了まではあと1時間半ほど。
彼らにしてはあまりにも短く、けれどあり余るほどの愉しみを得られる時間だ。

「よし! やるか!」

風を切る音が好きだ。
黄瀬がなんとか追いすがって来てボールの奪取を謀るが、突っ込んできた勢いをそのままいなして一回転、赤司にパスする。一瞬紫原がイヤそうな顔をして、その隙に赤司から黒子へ。緑間が行く先を塞ごうとし、桃井が「テツ君頑張ってー!」と言い終える前に、再び黒子から青峰へ。さして広くも無いコートには無限の可能性が潜んでいる。

「いっけえ! 大ちゃん!」
「来るぞ、青峰」
「大丈夫です。青峰君」

血流がすみずみまで行き渡っているのを感じる。人の気配、呼吸、視線が、皮膚から電気信号のように伝わってくる。
身体を持ち前の素早さで反転させた紫原の長い手が視界を遮る寸前、青峰は思い切り体を反らせ、片手で弾丸のようにボールを放った。
鈍い音とともにバックボードが震える。ボールがリングに吸い込まれ、ネットを擦り、落ちてくる。

「っしゃァ!」

ガッツポーズをして戻る青峰に、黒子が嬉しげに手をかざした。

「相変わらずでたらめなのだよ」
「それミドチンが言う〜?」
「あああ青峰っちいいいい! やっぱすごいっス青峰っちいいい! 悔しいけどかっこいいいい!」

8月31日。夏休みが終わる。
友達には忘れられるかスルーされるかだったし、大概は宿題でつぶれるし、いいことなんてそんなに無かった。
でも今日は、

「やべー! スゲー楽しいわ!」

今日は特別だ。
来年もこうだといい。
その先もずっと。
いつまでもきっとこんな風にバスケをしていられると。

そう思っていた夏だった。


END 20120831