Flavor of Love

Flavor of Love


頭より体の方が先に動くはずの自分が、かれこれ三十分も携帯を持ったまま部屋をうろついていることに驚愕する。
火神は苦々しい顔で画面に表示されっぱなしだった電話番号を、今一度穴が空くほどに確認した。

(ええい……ままよ!)

ボタンを押し、コール音が一回、二「もしもし。黒子です」

「早ッ! しかも名乗った!」
「名乗らないと出たことに気付かれないことが多いので」

相変わらず随分と平らかな声がするすると聞こえてきて、全身のこわばりが一気に解ける。

「あー、なあ。今日飯食ってスポーツショップ寄ってからバスケ雑誌でも漁ろうと思ってんだけど、付き合わねーか?」

言いながら火神は思う。
今こんなに細かいプランまで披露する必要であったのだろうか。普通にこれからちょっとでかけるからお前付き合えや、で良かったのではないだろうか。
しかしあまり意味も無く街をぶらつくことの無さそうな黒子がそんなことで乗ってくるだろうか、何か餌で釣らないと外へ引っ張り出せない気がする。
となるとやっぱりもっともらしい理由があった方が色々と都合が良いわけで、その結果の誘い文句だったわけだ本当だ。
だって、お前と二人で買い物行きてーんだよとか言えるわけねーだろ!

「はあ」

そんな火神の荒ぶる心境を知ってか知らずか、黒子は特に否定とも肯定とも取れない、本当に「ああそう」くらいの調子で返し、相手を若干落胆させた。

「いいですよ」

落胆させておいて持ち上げた。
それからの火神は上擦りそうになる声を抑えるのに必死だった。

「お、おお。じゃ昼に駅前の広場んとこでどうだ。暑かったら駅ビルん中に入っててもいいし」
「わかりました。着いたらまた連絡します」
「じゃあまたあとでな」
「はい」

こうして待ち合わせた二人は、駅中のファーストフード店で簡単に食事を済ませ、スポーツショップをうろついていた。
黒子は相変わらず無地のポロにカーゴパンツの地味極まりない格好で、火神の方はロゴの入ったTシャツにデニムにサンダルの割りとシンプルな装いだ。
ただ並ぶとなぜかストリートダンサーにカツアゲされて連れ回されている中学生の図、みたいな得体の知れないミスマッチさが漂っていた。(が、黒子の存在感の無さによってその違和感さえも周りには伝わらないようだった)

「あのバッシュかっこよかったなー」
「そうですね。僕もちょっと欲しくなりました」

口を開けばお互い話すことはバスケのことばかりで、けれどそれがとても自然なこととして存在している。
木吉に「お前らって楽しそうに話すな」と言われた時、二人で「んなことねーよ!……です」「そんなことありません」と声をそろえて笑われたこともある。
靴を見たりトレーニングウェアや器具を見たり、他のスポーツのコーナーを見たりもした。
その間も不思議と会話が途切れることは無かった。
結局その場では何も買うことはなかったが、それぞれ次に欲しいものの目星をつけ、満足して店を出る。
アスファルトから立ちのぼる熱気の中、しばらく行ったところで、ふと黒子が立ち止まった。

「どした?」

火神がこの暑さに気分でも悪くなったのかと黒子を覗き込んだが、どうやらそうでは無いらしい。
その視線をたどった先には、アイスクリームショップの看板があった。

「食いたいのか」
「……いつも気になってるお店なんですが、女子ばかりで一人では入りづらくて」
「ふーん。なら入ろうぜ」
「え」
「今日は二人じゃん」
「あ、はい」

自動ドアが開くと冷気が中から滑り出してきた。ふーっと大きく息を吐く黒子を見て火神が笑う。

「悪かったな。暑いのに気付かなくて」
「いえ……ありがとうございます」

何に対してのお礼なのか、おそらく黒子も判然としないままに口走ったのだろう。
火神が自分を気遣ってくれたこと、この店に入ったこと、それとももっと別のこと。
ともかく、少し居心地の悪そうな黒子の面持ちに、火神は余計に笑みを濃くしただけで、すぐさまカラフルなアイスが並ぶショーケースに意識を向けるフリをした。

「おいしいです」

迷った甲斐あってか、黒子の選んだ味は彼のお気に召した様子だ。普段は少し眠たげにも見える瞳が心なしか輝いている。

「ていうかお前、頼むアイスも地味なのな」

彼の持っているアイスは抹茶色の上に白と水色のマーブル模様という、なんともらしい配色のものだった。赤やらオレンジやらミントグリーンの派手な色彩が積み重なっている火神のアイスとは実に対照的だ。

「うるさいです。僕はこれがいいんです」
「あってめ! そう言いながら人の取んなよ!」
「あ、でもこれもおいしいです」
「そっちのもよこせよ!」
「いやです」
「なにおう!?」
「嘘です。どうぞ」

もみあいつつパス練習でもしているのかという勢いでお互いのアイスを奪い合っているうちに、段々おかしくなってきて火神も黒子も笑い出す。

「は〜、なんだこの状況」
「楽しいです」
「そぉかあ? ならいーけど」

火神はスプーンを使うのがまどろっこしくなってコーンごとアイスにかぶりつく。口の中に、少し湿った生地の香ばしいにおいが充満した。
本当は嬉しい。あんなに迷っていたのがバカみたいだ。
もっと普通に、一緒に出かけようと言っても、黒子はついて来てくれたのかもしれない。
しかしそれにしたって、会いたい時に会いたいとただ一言伝えることのなんと難しいことか。

「火神君が一緒だと、楽しいです」

仄かに弾む音が耳をくすぐる。
溶ける氷の粒みたいに胸の奥できらめく。
それって、一体どういう意味で言っているんだ。取り落としそうになったコーンを粉微塵にしそうなくらい握り締めながら火神は思った。

「っ、なーに言ってんだよ! そ、そういえばお前、やたら電話出るの早かったけど、もしかして待ってたんじゃねーの!?」

なーんつって! と続けるつもりだった火神は、今度こそ本当に、手にしていた物をくちゃくちゃにしてしまった。

「――そ、んなことあるわけ、ないじゃないですか」

黒子の白い首筋と耳が、びっくりするくらいに赤くなっている。

「どんだけですか。コンビ解消しますよ」

そして怒っている。
でも赤いのは怒っているからじゃない。それだけは確かだった。
だって――

(お前のそんな顔、見たことねェよ)

これからどうしようか。
どうしたらいいだろうか。
当初の予定通り本屋へ行こう。バスケ雑誌をひとしきり漁って、眺めて、あれこれ話して。
それで用事は終わりだから、なんとなく駅に向かってしまうのかもしれないけれど。

(言ってみるしか、ねえだろ)


「もうちょっとどっか寄ってかねえ?」


お前と一緒にいるのは、俺も楽しいから。


END 20120903