君はエスパー
俺は最近、親友がエスパーなんじゃないかって思い始めてる。
「水戸部水戸部ー、バスケって楽しい?」
こくん、と俺は力いっぱい頷いた。
コガはそんな俺を見て、いつもの人懐こい笑みを浮かべる。
「そっかー。バスケしてる時のお前、すっごく楽しそうだもんなー」
――そう、なんだろうか。あまりそんな風に言われたことがないから……。
きっとコガが特別なんだと思う。
「俺、テニス部だったじゃん」
うん。そう。コガは中学でテニス部だった。
小さなボールを一生懸命追って、上手にラケットに当てる姿はちょっと小動物みたいでかわいいなあと思ったことがある。
器用な彼のことなので、シングルスもダブルスもこなして、三年の頃にはそれなりにレギュラーに定着してた。
「まー相変わらずの器用貧乏で、故障の時の穴埋め要員みたいだったけどねー」
そんなことない。というかそういうオールマイティなピンチヒッターがいることだって、チームにとってはすごく大事なことなんだから。
「えへへ〜。水戸部はいいヤツだなあ」
ううん。本当のこと言っただけだ。
「でねでね。俺っ、高校ではバスケ部入ろうと思うんだあ!」
え?
「俺も、水戸部と一緒にバスケやる!」
え、
え、
ええええええええええええええええ〜!?
「すげー! 水戸部のそんなびっくりした顔はじめて見たー!」
俺だってこんなにびっくりすることそうそう無いよ!
だって、コガは三年間テニスをやって来たから、てっきりテニス部に入るものだと思ってたし、第一この学校には……。
「バスケ部、バスケ部、と……」
まだ、バスケ部、無いんだよ。
「え?」
うん、まだ無い。
「ええええええええええええええええ〜!?」
「まあ、あン時はホント死ぬほど驚いたけど、結果オーライだよね〜」
そんな俺達ももうすぐ二年、あと少しで後輩ができるってうきうきしているせいもあって、ことあるごとに思い出話に花を咲かせてしまう。(……と言っても俺はしゃべってないんだけど……)
「でもあのままだったら、きっと水戸部が創ってたんじゃない? バスケ部」
え……なんでそう思うんだろう。
俺が首を傾げると、逆にコガの方がきょとんとした様子でこちらを見つめ返してくる。
「だって……考えたらバスケ部無いの知っててココ来たんだろ? それに、」
それに?
「水戸部がバスケやめるなんて、想像つかねーもん」
……そっか。
そうなんだ。
俺の、バスケが好きな気持ちが、こうして誰かに拾ってもらえてたんだと思うと、なんだかすごく嬉しいな。
でもコガ――俺はあの時からずっと気になっていることがあるんだ。
コガが、俺がバスケしているのを見て、自分もやりたいって言ってくれたのはすごく嬉しかった。
だけど、だけどもしかして、コガは俺のことを心配してそう言ってくれたんじゃないかって、思ってしまうことがある。
中学に入ってまだ間もない頃、人前でしゃべるのが苦手な俺に、コガは積極的に話しかけて来た。
別にいじめられてたわけじゃないし、仲良くしている人はそれなりにいたけれど、大体はまあ、ちょっと変わった大人しくてぼんやりしたヤツ、みたいな扱いだった。別にそれがイヤとかじゃないんだ。俺にとってはそれが当たり前のことだったし、それが普通に居心地の良い場所だった。
みんなの輪の中でずっと話を聞いてるのだって、楽しいことなんだよ。
ただ、俺があんまりにもしゃべらないせいで相手を時々困らせてしまうことがあって、それはとても申し訳ないなって思う。
だから、コガが俺に興味を持ったことがふしぎでふしぎでたまらなかった。
『今、俺のことふしぎだなーって思ったでしょ!』
なんでわかるんだろう。
『水戸部、今日なんかいいことあったの? すっごい嬉しそー♪』
なんでわかるんだろう。
『え? 今日のパス? だって水戸部よこせって言ってたじゃん』
なんでわかるんだろう。
『水戸部……来年、来年は……ぜってぇもっと勝とうな!』
うん。うん、うん、うん。
俺、気付いたらコガに頼ってばかりになってないだろうか。
コガがいると安心する。コガが俺の言いたいこと全部言ってくれる。コガはいつだって俺のことわかってくれる。
でも俺は、ちゃんとコガの役に立ててるだろうか。
「おおーいっ! みーとーべ! 水戸部ってばあ!」
気付いたらすぐ目の前にコガの顔があって、一瞬うろたえてしまう。ちなみに今は部活帰りにマジバに寄ってるところ。
それよりコガ、ごめんね。どうしたの?
「どうしたのじゃないよー。そりゃこっちのセリフ!」
なにが?
「なんか余計なことを考えていたな」
そんなことないよ。
「ウソ」
嘘じゃないよ。
「うーそーだー」
う、ウソジャナイヨ……。
「更にウソくさい!」
ずばーん! と指をさされて俺は思わずのけぞってしまう。
ああ〜……結局コガはなんでもお見通しだ。
「あのね水戸部。俺、バスケ好きだよ」
それはわかってるよ。今のコガがすごくバスケがすきだってこと。
コガはなんでもそつなくできるけど、決して腐らない。いつもその時、その瞬間を元気いっぱい全力で楽しんで、がんばってる。
俺はそういうコガのことすごく尊敬してるし、すきだって思う。
「水戸部は俺がさ、付き合いみたいな? 水戸部の保護者みたいな気分もあって入ったのかと思ってるかもだけど」
珍しく真剣な顔に、ちょっと怒ってるのかなって心配になる。
そうしたらコガは俺を安心させるみたいにまたいつもの明るい笑顔に戻って、それから言った。
「水戸部がホントに楽しそうだったから、ただ俺もああやってみたいなあ、水戸部と一緒にやりたいなあって思ったの。
だって好きなヤツがあんなに楽しそうにしてるの見たらさー。やりたくなるよ。好きなヤツが好きなことだよ!? 絶対楽しいじゃん!」
う、うん。
――うん?
「あ、言っちった」
……。
…………。
………………コガ。
い、いま、いまの、いまのって、いまのどういう、いま、いますきって、すき、すきってどういう――!
「わー! 落ち着けー! 水戸部ー!」
オーバーヒートして煙を出しそうになってる俺の肩をゆさゆさ揺すぶって、コガはほんのわずかばかり照れくさそうに頬をかいて、それでもって実に男らしく腰に手を当てて言葉の通りだー! と胸を張った。
もう俺はどうしたらいいのかわからない。
だって、それは、俺だって、いやむしろ俺が、俺がコガのこと……。
こんなのきっとう
「ウソじゃないよ」
早いよコガ! 人の心読むの早いよ!
「俺、水戸部のこと、ずっと、すっごい、好きだもーん」
にゃは、とあの特徴的な口角をきゅっと上げて、コガは指先で俺の手をつついた。
「ねーねー水戸部は」
はい。
「水戸部も、俺のこと、好きだよねー!」
やっぱり、俺の親友――いいや、俺の大好きな人は、エスパーだった。
俺はただ一度、ふかく、ふかく、ありったけの気持ちをこめて、頷いた。
END 20120907
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