よろしくおねがいします


「僕、今日フェラチオに挑戦してみようと思います」

「新技、試してみようと思います」くらいの調子で黒子は確かにそう言った。
だが混乱した火神は自分が壮絶な聞き間違いをしたのかと思い、極力平静を装って「フナ釣りに挑戦してみようと思います?」と聞き返した。

「違います。フェラチオです。知りませんか」

やっぱり聞き間違えなどでは無かった。



二人が世間一般で恋人と呼ばれる関係になってから、そういった行為に二度ばかり及んだことがある。
それもなんというか、子供のようなキスをして、互いの性器を懸命に押し付け合い触り合いようやっと達するような、セックスとも呼べないつたない行為だ。
火神にしてみればそれで充分だったし、黒子を無理矢理なんとかしてやろうとかいう気はさらさら起こらなかった。
するならちゃんと、大事にしたい。
そんな彼の、存外真面目で奥手なところを黒子は気に入っていると同時に、少し気にもしていたらしい。

「その……火神君は僕にそういう興味を持てないのかなと」
「ちがっ……! バカかお前、そ、そういうんじゃ……ねえよ……。ふ、フツーに、好きなヤツとは、し、し、してーと思うけど、けどよ」
「わかってます。すみません。火神君が僕のことを気遣ってくれてるのもわかってます」
「そ、そういうんでもねーし! ただ俺は段階を踏んでだなあ!」

一体自分達は何の話をしているのだっけ、結婚への段取りだっけ、と途中錯覚してしまうほど、真剣な話し合いを繰り広げた結果、火神は黒子の粘りに負けた。というより黒子の頑固さは折り紙つきな上、なんだかんだで彼に甘い火神が、最初から勝てるはずも無かった。



そして現在に至る。

「よろしくお願いします」

ベッドに腰掛けた火神の脚の間、床にきちんと正座した黒子は、ちょこんとお辞儀をしてから火神のボクサーパンツに手をかけた。
サイドテーブルのスタンドライトのみに照らされた群青色の部屋の中では、黒子の白い手が妙に浮いて見える。
その手に導かれて性器を露出させられた火神と、それを目にした黒子が、共に息を呑む。

「改めて見ると……大きい……ですね……」

これは一体何の羞恥プレイだろうか。
俺はなにかとんでもないことをしでかして、それで罰としてこんな辱めを受けているのか、と火神はちょっと泣きたい気持ちになったが、そんなものは訪れた刺激によって、あっさりと蹴散らされてしまった。

「ん……」

黒子の舌がスープの熱さでも確かめるかのように何度か先端に触れ、それからそろりと舐め上げたのだ。
火神の腹筋や大腿筋に緊張が走る。
幹の部分をゆっくり両手で撫でさすりながら、少しずつ少しずつ、唾液を塗り広げるように舌が動く。

「ど……ですか」

見上げてくる瞳は、硬い光に覆われたいつもとまったく違い、既に熱で潤み溶けかけていてどきりとする。
動きは、とてもたどたどしい。
それでも美味いものではないだろうそれ(もちろん、シャワーは浴びて念入りには洗ったけど)へと、あの黒子が懸命にしゃぶりついている。
その事実だけで、十二分に火神の身体はどうしようも無く昂ぶった。
黒子は手を止めて、こちらを心配そうに見上げている。
火神は理性がどこかへ飛んで行ってしまわぬよう、ひとつ息を吐いてから大きく頷いた。

「気持ち、いーぜ」

ほんのわずかだが、黒子が嬉しげに微笑んだ気がする。
その表情を確かめようとする前に、再び顔を伏せてしまったのでよくはわからなかったが。

「あ……ちょっと、出てきました」
「あのなあ……お前いちいち実況しなくていいから」

恥ずかしさから思わずそう口にすると、黒子は珍しくすぐに「すみません」と謝った。
考えてみれば彼だって緊張しないはずは無いし、恥ずかしく無いわけが無い。つい何かしゃべっていないと間が持たなくなる気持ちもわかる。
火神はとっさに黒子を安心させようと、その頭に手を置いた。
黒子の目が一瞬、火神をとらえ、薄く細まる。
その指の間から、くちゃくちゃと濡れた音がする。
耳が痛くなるほどの静寂を、黒子の唇から時折漏れる微かな呼気と、彼の手から溢れる水音が侵していく。

「ん、ん……ッ、ぁ……」

すっかりそそり立った性器は黒子の小さな口にはいささか大きすぎるはずなのに、彼は休むことなく舌を絡め、口に含み、筋をたどる。
いっそ健気なくらいのその様子にたまらなくなり、火神は黒子の頭に置いていた手をするすると滑らせた。

「ふ、ン――っ!?」

後頭部から耳、顎へのラインを、猫でもあやすかのような優しさで撫ぜると、黒子はあからさまに肩を揺らした。
わかる。自分の雄を咥えて、黒子も興奮している。
火神は乱暴にしたいような、それでいて大切に箱にしまっておきたいような、心臓の下を引き絞られるのにも似た感覚に、どうしようもなくなって少し笑った。

「火神、くん」

少し批難めいた声色。

「ハ。俺だけずーっと、見てるってのも、な」
「今日は、僕がすると言いました」
「ああ。してもらうさ。つったってなやられっぱなしは性に合わねえし、なにより――俺だってお前に触りてェんだよ」

きっともうお互いの顔は真っ赤だ。今更、これ以上照れることもあるまい。
桜色に染まる頬がはっきりと見られないのは残念だけど、その熱だけは触れる指先からしっかりと感じる。
黒子もその言葉に触発されたのか、一層大胆に火神の性器をしゃぶり始めた。人差し指と親指で輪を作り、竿の部分を擦り上げながら鈴口を舌先でこじられると、どっと下腹に灼熱が渦を巻く。

「ふぁ、は、はっ……ん、む――」

突き上げる衝動に眩暈がして、火神は思わず黒子の頭を自分の性器へと押し付けた。
ぬるぬると蠢動する粘膜にぴったりと圧し包まれる。背骨の付け根から脳天まで、痺れるような快感が駆けのぼる。

「ッ、ぐ、ッ!」

呼吸を突然せき止められ、口の中を火神のものでいっぱいにした黒子がおそらくむせかけたのだろう。
低い振動が伝わってきて、火神ははっと我に帰った。

「わりぃっ……!」
「んーっ!」

黒子は「いやだ」とでも言うように、口腔へ力をこめた。
その双眸は火神を映し、絶えず湖面に浮かんだ星屑のように揺らめき輝いている。
試合の時と似ている。でも、見たことが無い。剛くて、やさしくて、泣きそうな色の瞳だ。

――ああ、駄目だ。俺はこの目には本当に弱い。
もう、どうしようもなくなってしまう。

「黒、子――ッ!」

火神はそれでもなんとか黒子を引き剥がした。が、そこが限界だった。

「ぅあッ! あ、あっ、く、」

背中を波打たせ、片手で黒子を押しやりながら、火神は射精した。
とはいえ黒子が大人しくそれを避けるわけもなく、結局微動だにせず(むしろ火神を押し返して前のめり気味になって)正面から白い飛沫をかぶる結果になった。

「……おまっ――なんで避けねえんだよ……っ!?」
「火神君ひどいです。僕はちゃんと飲むつもりでした」
「のっ――!? させられっかそんなん!!」

ひどい有様だ。男の陰茎を口に突っ込まれて挙句精液までぶっかけられて――。

「それでも、こんなかよ」
「ア、」

とがった音が黒子の唇を割って落ちる。

「ぼ、くが、したくて、した、こと、です、からっ……」
「ぐしょぐしょじゃねーか」
「そ、ういうこと、言うの、悪趣味、です」
「さっきお前がやってた」
「……反省、します。」

細い体が小刻みにふるえている。限界が近いようだった。
ただ、火神に触れていただけで。
ただ、火神に触れられていただけで。
それが黒子自身にもわかっているからだろう。火神に抱え上げられて脚を開かれても、抵抗らしい抵抗は無く、所在なさげに火神の胸に顔を押し付けるばかりだ。

「――ふ、うぁ、っ、か、かがみ、く――かがみ、くんっ――!」

しがみついてくる腕が、すりよってくる身体が、ひどく愛しいものに感じられて、火神は黒子をつよく抱き締めた。



「ありがとうございます」

そこはその台詞でいいのか、むしろ俺の台詞じゃないのか、という疑問は湧くが、今それを言うべきではない気がして、火神は黒子の言葉に対し、無言のまま頭を下げるのと肩を竦めるのを一緒くたにしたような曖昧な仕草で返した。

「最初はその――戸惑いましたけど」
「俺もだいぶ戸惑ったわ」
「少しでも伝えたり、伝わったり。できた気がします」

こういうのも無駄じゃないんですね、と、まるで新しい発見をしたように目を輝かせる黒子に、火神は最早ある種の尊敬の念さえ覚える。
おそらく二人ともなんとなく、このままでもいいかもしれないと思ってもいたし、このままでいいのかと迷ってもいた。
火神は、直情的で直接的な情熱や欲を黒子にぶつけていいのか、ためらっていて。
黒子は、本当は激しいのにそういう風に表現できない想いや望みをどうしたら火神に伝えられるか悩んでいて。

「俺も……なんかちょっと、わかった気がする」

何が、とははっきり言えないけど。
それでも何かを確かめて、一歩進める準備ができた気がする。

「まーでもあれだ。単純に言えば、」
「はい」
ってことだ!」
「はい?」
「やっぱ無理。言えねー」
「なんなんですか火神君の意気地なし。バカ。グズ。」
「おいコラてめえ! ドサマギに人に罵詈雑言投げ付けんなや!」

こんな距離でいい。くっついたり離れたり。支えたり支えられたり。たまには殴り合ったり。
だけど好きだ。好きだから、いつかちゃんと言葉にして、繋がりたい。それを二人とも願ってる。

「火神君」
「なんだよ」



「これからも、よろしくおねがいします」



バニラシロップを一さじ入れたホットミルクをすすりながら、黒子はふわりと微笑んだ。



END 20120908