Gentle beast


一人で立つと広大な草原のように感じるコートも、大の男がひしめき合っていると窮屈な檻のように見える。
その中でひたすら自由に疾走する彼の姿は、腸を引っくり返してかき混ぜるような途方もない興奮を黄瀬にもたらした。
しなやかな褐色の筋肉が綺麗にたわみ、伸びる。
大きなてのひらが速度のついた重いボールをいとも容易くキャッチして、冷たい金属のリングへと叩き込む。

「うぁっ! ん、ん、ッ――」
「ふはっ、お前、今のでイったんかよ」
「あ、ああ、は、はっ、んぁ……」

未だ余韻に波打つ腹の上、飛び散った粘つく白濁を節くれだった指が乱暴になぞった。
くちびるの端だけを引き上げて笑う、いつものその笑い方。
白い歯がちらりと覗くのを見とめた黄瀬の瞳が、一度、ゆっくりと瞬く。

「だっ、て、」
「巻き戻してやろうか?」
「やめ……」

青峰の手が机の上のリモコンに伸びるのを押しとどめながら、黄瀬は喉元につまりそうになる呼気を必死に吐き出した。
試合中の昂揚は、性行為のそれと似ている。
青峰も競り合って盛り上がったゲームの後はセックスもサイコーにテンション上がる、と言うからそうなのだろう。言葉はいささか汚いものの、黄瀬もそれには同意する。
ただ黄瀬の場合は、相手が非常に限定されるのが難点だった。
青峰を見ている時だけ。
青峰がバスケをしている時だけ。
どうしようもなく体が熱くなる。
相手が自分だったならば、今まさにそこで対峙しているのが自分だったならば、と考えれば考えるほど下肢が疼いて仕方なくなる。
恥ずかしい話、観戦した後にトイレに駆け込むことだって何度もあった。
それがある日青峰にバレて以来、こうしてたまに青峰の試合のDVDを流しながら体を重ねるなどという一風変わった行為に及ぶようになってしまったのだった。

「ぁ、あ、んや、あお、みねっち、そこは、ァっ――!」

ブレザーはそのまま、ネクタイは中途半端に緩められた状態でシャツは三番目のボタンから下だけ開かれ、スラックスと下着は取っ払われているにも関わらず靴下だけは履いているというなんとも間抜けた格好で、試合が終わってそのままやってきたジャージ姿の青峰に組み敷かれた黄瀬は切羽詰まった声を上げる。
身をよじった拍子にほのかな衣擦れの音とテレビの中から聞こえるスキール音が重なって、腰が跳ねた。

「わーってるよ今日はつっこまねーよ」
「ひっ!? ン、んんぅ……ッ、」

尻の狭間に熱く濡れた感触が落ち、ずるずると擦りつけるように動きながらのぼって来る。
触れたことはないが蛇のようだ。でもああいう爬虫類は冷たいんだっけか。どうだっただろう。そんなことを考えていたら青峰に頬を鷲掴まれた。

「おい黄瀬ぼっとしてんなよ脚閉じろ」
「ぁ、」

ぱちんと太腿を弾かれ、黄瀬は反射的にそこをぴったりと閉じる。
青峰が満足げに揃えられた爪先にキスして笑う。
それは獣の笑い方だ。試合の時と同じだ。
黄瀬のまとめた脚を片脇に抱えるようにした青峰は、その間に挟んだ己の性器をじりじりと引き抜いて勢いよく突き込んだ。同時に黄瀬の睾丸や裏筋も刺激され、二人の吐息が一瞬鋭く交差する。

「は、相変わらずいー脚してんな」
「い、つから、アンタ、おっぱいより、脚好きに、なッ――……た、んスか」
「あん? お前相手なんだからしょーがねえだろうが」

そう言う青峰はさも嬉しそうだ。

――それってどういうことなんだ。俺だからって。喜んでいいのか。
でも今なら、こうしている今ならば、悦んじゃうんだけど。

(そんなカオ、されたら、さ――)

揺れる視界の中で汗ばむ青峰の額を撫ぜて、その面容をなんとかして記憶に留めたいと願うのになかなかうまくいかず涙がにじむ。
ローションと精液が混ざって泡立ち、動くたびにぷちぷちと卑猥な音がしていたたまれない。
合間合間に聞こえる歓声、咆哮、そして何より視界の隅で躍動する青峰の姿が、黄瀬を煽る。

「ああ、あ、あおみねっ、ちぃっ、やめ、うし、ろ、しな、ン、でっ――!」

いつの間にやら腰を撫でていた青峰の片手が、慎ましく息をひそめていたはずの後孔をいじっている。
両方いっぺんにされるとあっという間に達してしまうので、黄瀬はそれを好まない。
頭が真っ白になってわけがわからなくなって、自身の中に存在しているものすべてが根こそぎ奪われるような気がして恐ろしいのだ。

「や――ッ、うう、う、やだ、くる、くるっ、あお、みねっち、やだ、ぁああ」

むずむずとした快感が胎の奥から湧き上がり、全身を犯そうとしているのがわかる。
黄瀬はもどかしさに上体を弓なりに反らせて頭を振った。青峰は笑うばかりだ。ゆるゆるとした腰の動きは早まることが無い。いつからこの男は焦らすなんてことを覚えたのだろうか。前はもっと、ひたすらに蹂躙して暴きつくす、嵐のようなセックスだったのに。
仕方ないので開かれたシャツから覗くつんと尖りきった乳首を自ら摘まんで引っ掻いた。
画面の向こうではまた青峰が点を入れてガッツポーズをしている。

「ああ、う、っ、んっく、あおみねっち、あお、みねっちぃい……!」

黄瀬がそうして身も世も無く喘ぎ泣き続けると、青峰は小さく舌打ちをして黄瀬の足をぐいと割った。
突然のことに目を丸くしてそちらに視線をやった黄瀬の唇から「ぅ、え?」と間抜けた声が漏れる。
そこでは赤黒く育った青峰のペニスが、黄瀬の小さな器官を今にも開こうとしていた。

「せっかく人がガマンしてやってんのに、お前空気読めなさすぎんだろ」
「っあああ、あ、や、」
「力ぬけって」

どことなく労わるような呟きにも、押し殺せない雄の色が潜んでいる。

「あっ、あしたっ、しごと、だって、おれっ、ゆった、のにィっ……!」
「お前が悪い」
「イミ、わかんねっ……んっア、あああああ!」

ぐり、と体内の小さなしこりを擦り上げられて、意識が白む。震えが止まらない。
青峰の性器や指の形が、皮膚や粘膜からはっきりと伝わってきて、ああ俺は今このひとにぜんぶ握られてる、と思う。

「あおみねっち、っ」

これが命綱とばかりに、黄瀬は青峰の首へと抱きついて、ついでに肩口にかぶりついた。
舌先に沁みる汗の味。
腹のあたりにまた濡れた感じがしたが、もう何がこぼれているのかよくわからない。
テレビ画面は既に真っ暗になっていて、ソファの上で重なり合う二人がおぼろげに写りこんでいた。
がつがつ突き上げられる動きにすっかり翻弄されている黄瀬は、それでもなんとか青峰の眼を覗き込んで、その口に触れるだけのキスをする。

「黄瀬。手加減なしだぜ」

蒼い瞳が細まって、白い牙じみた犬歯がひらめく。

「のぞむとこだ」

――そう続けたかったが、唇を塞がれたせいで叶わなかった。



「お前、この試合そんな好きか」

DVDデッキからディスクを取り出しながら、青峰が呆れたように言う。
おざなりにシャワーを浴びてすぐにまたソファに沈み込んだ黄瀬は、天井を見たまま「まあね」と返した。

「その試合は好きっスけど、とにかく青峰っちがバスケしてるのが、いーんス」
「わっかんねえなあ」

こいつまるで人のことを特殊嗜好の変態みたいに思っているな、と黄瀬は少し頬を膨らませた。
痛む体をそろりと横向きにして、しゃがんでケースにDVDをしまうその背中をぼんやり眺める。黒いジャージの下にある、今、おそらく自分の歯形や爪痕がくっきりついているであろうたくましい肩や背を思い描く。

「何カオ押さえてんだ」
「なんでもねーっス」
「はあ?」
「青峰っち、明日も部活、っスよね」
「……まあ、引退っつってもなんやかんやあるし。ヒマだからな」

振り返った青峰は眉間に皺の寄ったいつも通りの顔だった。

「あのね青峰っち」
「なんだよ」
「俺、アンタがバスケしてるとこ好きだけど、バスケしてないアンタも好きだよ」

青峰の切れ長の瞳が微かに見開かれる。
片眉を跳ね上げて、何秒か黄瀬を凝視した彼は「そーかよ」と仕方なさげに笑んでから首の後ろをてのひらでさすった。

それが青峰の照れた時のクセだということを、黄瀬はよく知っている。

彼が、烈しくて不器用で、けれど誰よりも優しい獣だということを知っている。



20121118