アゲイン


インターフォンを押して名乗った途端、相手は高く可愛らしい声であらあらまあまあを繰り返した。
新年早々遠慮なく上がりこんだ青峰に対して彼女はまるで小動物のようにぱたぱたと動き回り、「寒かったでしょう?」だの「おなか減ってない?」だのと聞いてくる。馬鹿正直な青峰は「スゲー寒かったっス」「そういやめっちゃ減ってるわ」と仄かに赤くなった鼻をこすりながら答えた。
昨日の残りでよかったら食べてとダイニングテーブルに並べられたサラダとハヤシライスをもりもり食べている間も彼女はひっきりなしに家の中を小走りで駆けめぐり、二階へ向かって声を張り上げた。

「涼太ー! 青峰っち君来てるわよー!」

途端、ごどん、どすどす、と鈍い音が青峰の頭上で響いた。
次いで転げ落ちるんじゃないかというくらいに勢い良く階段を駆け下りてくる音。

「青峰っち!?」
「おぅいーす。アケオメ」
「あ、あけましておめでとうございまス……ってちっげーよ! なんで!? 早くね!? てか駅待ち合わせって……ええ? 俺なんか間違えたっスか?」
「間違えてねーよ。俺が勝手に来ただけ」

勝手知ったる我が家のごとく飲み物のおかわりをコップに注ぎながら青峰が返す。

「ごっそさんした。うまかったっす」
「スゴイ! 綺麗に食べてくれて嬉しいわ。今年も涼太と仲良くしてあげてね、青峰っち君」
「うーす」
「ちょっ、そういうのいいって! もう出かける時間だろ!?」
「はいはい。そうそう、冷蔵庫に作りおきのプリンあるから「ああもうわかったから!」うふふじゃあ青峰っち君またね」

ドアが閉まり、ダイニングには静寂が訪れる。つむじ風が通った後のようだ。
黄瀬はなんだか落ち着かない様子で部屋の中を二度三度往復し、青峰の方は相変わらずどっかりと椅子に腰掛け、すっかりくつろぎきっている。

「お前のカーチャンてなんであんなカワイイんだよ。ウチなんてゴジラみてェなのに」
「かっ!? かわいくねースよ! うるさいっつーかいちいち人に構いすぎなんス。恥ずかしいなあもう」
「お前ソックリな」
「え? なにが!?」
「顔とか、落ち着き無くて人なつこくてまとわりついてくるところとか。あとアレだ。二人とも色が白い」
「え……えー!? なにそれショック! 顔と色の白さはともかくとして俺あんなにウザイんスか!?」
「いや、お前の方が断然ウザイ」

年が明けても青峰の歯に衣着せぬ物言いは健在で、黄瀬をいきなり床に這いつくばらせる結果になった。
青峰としては、黄瀬の母親をさしてうるさいとも構いすぎとも思わないのだけれど、あの「青峰っち君」という呼び方はなんとかならないのだろうか。
――彼女だけでなく、姉二人も青峰のことをそう呼ぶのだ。
たまりかねて一度どうしてそんな呼び名になってしまったのか訊いたことがある。
外見は大層可愛らしく、もしくは美しいのに、どちらかというと黄瀬や母よりも貫禄があって漢(?)気あふれる性格の姉二人は、「だって涼太がそう呼ぶし、なあ?」「だって涼ちゃんがそう呼ぶし、ねえ?」と顔を見合わせた。

『毎日毎日あんだけ聞かされていたら、「青峰っち」までが君の名前だって思うじゃない?』

いや思わないだろ、と思いつつも、ついつい顔がにやついてしまったことは黄瀬には教えてやらない。

「ううう……青峰っちは俺より母さんの方が好きなんだ……」
「なんでそうなるよ」

「まあ正月なのにハヤシライスとかオシャスな食い物作ってくれるのは良さそうだけどなー」などと言いながら立ち上がった青峰は、いくらかひんやりとするフローリング床にぺったりと座り込んでしまった黄瀬の顔を覗き込んだ。

「俺がなんのためにわざわざお前ン家来てやったと思ってんだ」
「………………」

飴色の瞳が淡く期待に輝いている。
綺麗だった。
初日の出はテレビでしか見たことがないけれど(そんな時間に起きるわけがない)、実物はこんな感じなのかもしれないと思う。

「俺に、早く……会いたかった、とか、」

恥ずかしさと――それを裏切られたときの恐怖からなのか、視線はふいと青峰から逸れてしまった。
その様子が可愛くて、けれどどこか面白くなくて、青峰は眉間に皺を刻んで唸る。

「まあちょっとはアタリだな」
「ちょっとて……。じゃあ、ホントの正解は?」
「早く新年一発目のセックスしたかったから」
「あーあーあーあー! やっぱ青峰っちはそういうヤツだったっスサイテーだアンタやっぱサイテーだ!」
「どうとでも言え」
「ふむっ!?」

突然のキスに黄瀬が息を詰まらせる。その体を胡坐を組んだ膝の上に引き上げながら、青峰は長い舌で縮こまった黄瀬の舌を掻き出し吸い上げた。

「あ、んぅ、う、ん、」

黄瀬の四肢から力が抜けていくに従って二人の触れ合った唇からこぼれる音が大きくなる。

「あ、あお、みねっち、った、タンマタンマちょっとタンマっ!」
「ンだよ」
「ええっとあの、俺ね、まだ着替えてないから」
「は?」
「初詣、行くのにこのままじゃ、」
「お前、この状況でそりゃねーだろ」
「だって俺が今日をどんだけ楽しみにしてたと思ってんスか! あの青峰っちと二人きりで初詣だよ!? もう大晦日から服やら髪型やら考えまくって気付いたら年越してたっての! しっかもさあ、今日だってめっちゃくちゃ張り切って朝シャンして準備してたらアンタフライングでこんなとこまで来ちゃうし! せっかく新年ピッカピカのカッコイイ俺を見せて、青峰っちに『惚れ直した』って思わせてやろっつう俺の計画どうしてくれるんスか!」

誰もそこまで聞いてない。途中でそう言いそうになったが、耐える。

「ふーん。『惚れ直した』ねえ」
「……いや。うん嘘! 今の全部ウソだから!」
「わーった。じゃあ40秒で支度しな」
「はっ!?」
「初詣行くぞ。んで帰ったら姫はじめなー」
「ちょ、こ、後半はどーなん「いいからさっさと行くぞ!」はいィっ!」

長い四肢をシャカシャカ動かし、転げるように二階へと向かう黄瀬を見送りつつ青峰は笑う。
どうしてああも面白いのだろう。見ていて飽きない。
バスケと同じように、いつだって自分をワクワクさせる。

「さて、と。特にわざわざ神様にお願いすることも無ェんだが」

したいこと、自分で叶えたいことならいくらでもある。
まずはバスケ。負けっぱなしは性に合わない。
全国大会優勝、ウィンターカップも優勝、火神や黒子にももちろん勝つ。
思い浮かべるのはそんなことばかり。それはきっと黄瀬も同じだろう。
隣に立って、「今年こそ勝ってやる」と。そんな風に睨み付けて笑ってくるのが、青峰が惚れた黄瀬涼太という人間だ。

「――黄瀬ェ!」

階段上に向かって声を張り上げる。

「あーっ待って待って! もうちょっとっスからあああ!」
「ついでにボール持って来いや」
「――…………」

すぐさま犬のように「はい! はいっ!」と大喜びで返事が飛んで来るかと思ったら、静かになってしまった。
代わりにドアが閉まる音がして、妙にもったいぶったテンポで足音が近づいてくる。
踊り場には着替えを済ませバッチリ髪をセットして手にボールケースを下げた黄瀬が、どこか誇らしげな笑みをたたえて仁王立ちしていた。

「ふはッ――よし。惚れ直したぜ、黄瀬」
「でっしょ?」

駆け下りてきたところを捕まえる。髪型なんか知ったこっちゃないと頭を撫でる。
そうしてキスをしながら、二人は声を立てて笑った。



20140116