CALL TO ME


「もしもーし。青峰っち、寝てた?」
『――――……寝てた』
「っスよね。めっちゃ鼻声」

日本バスケ界において歴史的と言っても過言では無い勝利を挙げてから早一ヶ月。
しばらくは周囲も何かと騒がしく、更には青峰と黄瀬二人の英会話能力に危機感を覚えた赤司による特別補習という鬼制裁が加えられたため、夏休みは後半ほぼうやむやに終了してしまった。
そしてそのまま二学期が始まり、始まったら始まったでいよいよ次こそはウィンターカップ優勝だとバスケ部の活動にも熱が入る。

「で、気付いたら俺たち補習以降会ってないっていう」
『お前しょっちゅうメールしてくんじゃん』
「それに対する青峰っちの返事が一言すぎるんスよ! 『死ね』とか『アホ』とか『言ってろ』とか……そんなんばっかじゃねースか! 文送ってよ文!」
『めんどい』
「四文字!」

青峰の淡白さはメールでも会話でも変わらなかった。
だが黄瀬がそれを桃井に言うと、
『え? 青峰君からメールの返事? 来るだけすごいよ!』
などと真剣に返された。
そうなのか、すごいのか。黄瀬は素直にそう思った。
電話もメールと同じく、かけるのは九割黄瀬の方。青峰はいつも気だるげな声音で応じる。
それでも出ることは出るのだ。
しかも、手元に置いていなかったのかはたまた着信に気付かぬほど熟睡していたのか、出られなかった時は律儀にかけ直して来たりする。かけ直してくるくせに黄瀬が出ると「なんだよ」と言う。自分からかけておいて出た相手に開口一番「なんだよ」とはなんだよという話なのだけれど、黄瀬は喜ぶ。
話すことは至極どうでもいいことばかり。これも大半黄瀬が話し手だった。先輩達とカラオケに行った時どうの、この間食べた新作バーゲンダッツの味がこうの、昨日のNBAの試合の内容が――この話題になると多少青峰も饒舌になった。
だから今日も黄瀬は話す。青峰と違う場所で送る日々の話を。青峰が発する言葉といったら、「はあ」とか「うん」とかその程度のものだ。時折あくびも混ざる。けれど通話が切れることは無い。黄瀬にしてみればそれで十分だった。

「青峰っちいつヒマ?」

そうしてかれこれ三十分しゃべり倒し、話題は再び冒頭へと戻った。

『……別に、ぶ――学校終わった後はヒマだし。休みの日は家で寝てる』

おそらく「部活」と言おうとしたのであろう――青峰の返事を聞き、黄瀬の口元が甘酸っぱい飴玉でも含んだかのようにふにゃりと歪む。しかし笑いをこらえているのがバレては猛獣の機嫌を損ねかねない。静かに一度深呼吸を挟む。

「遊ぼう! ストバス! ワン・オン・ワン! しましょ!」

その誘い文句を、黄瀬は中学の頃から一体どれほど繰り返して来ただろうか。

『〜〜うるせえ……』
「また四文字スか!」
『人が気持ち良く寝そうになってんのにびっくりさせんな』
「いやわかっててもそうハッキリ言われるとヘコむんスけど……」
『はぁ……? 何で』
「何でって……流石にそこまでつまんないのかなって……」
『お前の話がつまんねーのは昔ッからだろ』
「ヒドッ!」
『ま、寝る時のBGMにゃちょうどいいけどな』
「え」

またもやショックを受ける黄瀬に対し、青峰は呑気にも「ぐむー」などと唸り声を上げている。伸びでもしているのか。黄瀬の脳裡にベッドの上で転がる褐色の体が過ぎった。

『お前がいっつも寝てる俺の横でうにゃうにゃくっちゃべってっから……ふぁ〜、……あー、……なんか慣れたっつーか。こうしてっと眠くなんだよ』
「!!!」

黄瀬はとっさに空いた手で己の頬を押さえた。
青峰に他意は無いのだろう。
でも思い出してしまう。
ことを始める前、なんとなく気まずく、照れ隠しのようにしゃべってしまったり。
最中はなにがなんだかわからなくなって普段言わないようなことまで言ってしまったり。
直後は――恥ずかしさが突き抜けるのと快感と疲労でしばらく黙り込んでしまって。
それを青峰がどうしたものかと不器用にちょっかいや悪戯をしかけてくるものだから、結局噴き出してしまったりする。
間近にある青峰の瞳が細まるのを見つめ、彼の呼吸やぬくもりを感じながら、眠りに落ちる直前に交わす二言三言などは特に愛しい。
――そういうことを、思い出してしまう。

「……青峰っちのバーカ」
『あ!? なんだ急に!』
「そういうコト言われると、隣で寝たくなるだろ……」
『………………寝ればいいじゃねーか』
「じゃあ週末行く」
『勝手にしろ』
「アイスおごってね」
『は? 俺から三本取れたら考えてやるわ。どうせ無理だろうけどな』
「ムギー! そんなこと言ってられんのも今のうちっスよ!」
『おーおー黄瀬君は相変わらず言うことが三下っぽいねェ』

時計を見れば会話を始めて既に一時間が経過している。そのことにまず驚き、それでいてまったく話し足りないと思うことにも驚き呆れつつ、黄瀬は電話口の向こうの恋人へと話しかける。

「覚えてろよ! 次はアンタを寝かしてなんかやんねーっスから!」

しかし「朝までずっとしゃべり続けてやるっス!」と胸を張った直後、

『そりゃこっちのセリフだ』

と凄絶な色気の匂う重低音で返り討ちに合い、後日実際その通り、飢えた青峰の手によって一晩中散々に鳴かされてしまうことを、この時の彼はまだ知らなかった。



20160314