Merry Marry




「ただいまー……てうわっ!」

玄関を開けてすぐ、そこに倒れていた黒い塊に、俺は情けなくもビクンと肩を揺らしてしまった。

「ちょ、青峰っち! ドコで寝てんスか風邪ひくでしょ!」
「ん゛お゛あ゛〜……」

恰幅の良い野良のボス猫みたいな声で唸る青峰っち。揺すると漂う酒のにおい。

「また飲みすぎたんスか……」

ビール一杯も飲み干せない。甘いジュースみたいなお酒しか飲めないクセに、食べ物に釣られて飲み会に行くとか子供かよ。
しかもそれで酔ってどうして俺の部屋に来るかな。……まあ合鍵渡してるからいんだけど。どーせ自分の家帰るのがめんどくさかったーとか言うんだろうなー。

「……それでも嬉しいとか思っちゃう俺のバカ」

ホント馬鹿。

「青峰っちぃ、起きて、ねえ起きて」
「…………」
「起きろってば〜。アンタ重いから向こうまで運べないんスよ」
「――…………」

起きない。

「なんなんだ」

なんなんだよ。

「……青峰っちの距離感て、ワケわかんねーっス……」

気付いたら人の家にするんと入り込んで布団敷いて勝手に寝てる、みたいな。青峰っちは気付くと人の心の中に入って来てる。俺のスペースに、お前の都合など知ったことかと這入って棲みついちゃってる。
そんな厚かましさっていうか、ずうずうしさっていうか、遠慮の無さが、でも不思議と最初から不快じゃなかった。
実際今でもこうして酔い潰れて人ン家上がりこんで寝てるしさ。
――かと思えば急に何週間も姿見せなくなって、どうしたのかと思ったら一人で小さなこと悶々と悩んでたり拗ねてたりする(もちろん特に理由なんてなかったってことだって普通にあるから、余計にタチが悪い)。
今日だって……顔見るのいつぶりだろう?

「青峰っち〜」
「……ぅー……」
「もう十二月っスよ。前回会ったの十一月の頭じゃなかったっスか?」
「……――んん、」
「帰り道さあ、オリオン座が超キレーだったんスよ。めっちゃ冬って感じした」
「………………」
「青峰っち」

浅黒い額を撫でる。冷えた指先に沁みたぬくもりが、全身を痺れさせる。
それがなんか妙にほっとする。青峰っちがここにいるんだって安心する。
青峰っちは起きない。それどころか俺の手に顔すり寄せて、うごうご言ってる。

「こんなん、ズリィ……」

俺の前で見せる姿があまりにも無防備すぎて、近過ぎて。

「俺、勘違いするっスよ」

こうしてふらっと立ち寄って、またいつかふらっとどこかに行くのかもしれないのに。
俺は期待している。待ち焦がれている。

はじめはこんなんじゃなかった。
勝ちたいよりも、触れたいよりも、ただ憧れた。ひたすらに憧れた。苦しいくらいに、嬉しいくらいに憧れていた。それだけだった。

「なのにアンタが手をひくから……」

あたまのわるい言い訳。
悪いのは俺だって、ちゃんと知ってるんだ。
だって青峰っちに、俺はあの日好きだと言ってしまった。
でもやっぱ悪いと思うんだ。青峰っちもあたまわるいと思うんだ。
俺なんかの告白を受けてしまうのだから。ちょっとは責任あると思うんだ。

「ずっとそばにいたくなるじゃんかよバーカ」

こないだ、大学の子に告白された。
その前は中高時代お世話になってたモデル事務所の人から、結婚したっていう報せをもらった。
うちのねーちゃんはこの世にはアタシに勝てるような男がなかなかいないわね、ってなんだか昔の青峰っちみたいなこと言ってる。
そういうの聞くたびに俺は青峰っちのこと思い浮かべる。思い浮かべてドキドキしたり、ニヤニヤしたり、切なくなったりする。気色悪いよね。

「……やーめた」

こんなの青峰っちに笑われてしまう。
考えても仕方が無い。青峰っちがいつかここに来なくなっても、来なくなったら、そうしたら――追いかければいいだけの話だ。
中学からずっとそうして来たから。もう俺の専売特許みたいなもんだから。
だから――

「きせぇ?」
「あ、青峰っち、やっと起きた! ただいまってば。俺、帰って来ましたよー」
「おせえよ……」
「なーに? 青峰っち、俺のこと待っててくれたんスかあ?」
「そーだよ……待ちくたびれららろ……」

最後の「ららろ」に突っ込むよりも、俺は素直な青峰っちの言葉に全身を震わせて喜ぶ。つくづくアホっスわ。
意味なんてなくたっていい。今日が何の日とか覚えてなくたっていい。
ただアンタがここにいるなら。ここが、俺が、アンタにとって少しでも居心地の良い場所なら。帰る場所であるのなら。それで十分だ。

「きせえ〜おせえ〜!」
「わーっもう! どうしたんスかこの酔っ払い!」
「ぷれれんろ……」
「はい!?」
「…………ぐー」

もういい。俺も一緒に寝てしまおう。青峰っちの足を掴み引きずりながら俺は笑う。まさかクリスマスの恋人達が、こんなサスペンス劇場の殺人現場みたいなシーン繰り広げてるだなんて。
でも、ま、それも俺達らしいっス。

「起きたらケーキ食べるっスよ」

フライドチキンもね。
……パーティーパック買っといて大正解だった。

「青峰っち」

ゆっくり上下する胸に顔をうずめる。
熱くて、冬のにおいがした。

「ハハ。俺のサンタさんは随分と色黒っス」

俺ン家にふらりと訪れる黒い男。彼が来ることそのものが、俺の願い。俺にとってのプレゼント。

「メリクリ」

夜明けを前にして現れた最高のギフトを抱きしめて、俺はゆっくりと目を閉じた。



  ★



目が覚めた途端、あまりの痛さに硬直する。頭も体も、あちこちがガンガンギシギシしてやがる。
えーと。
えーとなんだっけ。ここどこだっけ?
……視界には見慣れた部屋の景色。あといつもの寝顔。
ああ。家。黄瀬の家だ。
――つかなんでコイツも床で寝てるんだよ。風邪ひくだろうがバカか。

「…………へっちゅん!」
「!」

なんだ今のクシャミ? クシャミってあんな可愛い音出るモンか?
うわーひくわー。ドンびきだわー。寝ててもあざといとかマジ黄瀬ムカつくわー。

と、内心悪態をつきつつ大慌てで布団を直す俺である。
いや、なにしろ俺がほとんど毛布を奪っていたからな。よしよし、お前は何も知らなかった。寒くなんてなかった。ほーらどうだあったかいだろう。ついでに大サービスで抱きしめてやる。

「ん……」

思くそ抱き返された。
だから――なんでお前は寝ててもそういうことをするんだ。
中学ン時からそうだった。空気が読めないのか俺に対して遠慮が無いのか、周りが俺のことを腫れ物扱いする中、コイツだけはいつもと変わらないメールを寄越してた。

『でもそれだけっスよ』
『俺、黒子っちが学校来なくなった時だって、メールした。したけど――それだけしか、しなかった。家にも行かなかったし、卒業してから連絡しなかった』

わかってない。そのメール一通だって、何かの引っ掛かりや取っ掛かりにはなってたってこと。

『俺アンタとやりたくってバスケ部入ったんスよ』

忘れてるかもしんねーけど、最初に入って来た≠フはお前だ。

『青峰っち、家おいでよ』

許したのは、招いたのは、お前なんだ。

『俺、俺、青峰っちのことが――!』

俺はその言葉を握り締め、黄瀬のトコへ通い続ける。
そんで歯ブラシ置いてったりパンツ置いてったり、勝手に陣地を広げて帰る。
いつの間にか混ざっていても気にならない。黄瀬だったら別にいいかって思ってっから。
……黄瀬がどうかは知んねーけど。
いくらなんでも嫌じゃねーのか? って、さすがに俺でも思う。ことはある。
でも俺は居心地がいいから、楽だから、××だから、だから気付いたらいつもここにいる。

クリスマス、一緒に過ごす彼女はいないのかと、耳にタコができるくらい訊かれた。
さあな、って答えたら、そのドヤ顔がムカつくといわれた。(相手を見下し煽り気味になるのは生まれつき――じゃあねえな、身長のせいだ。たぶん。)
それが祟ってか、単に男だけなのが寂しかったのか……バスケ部の飲み会に巻き込まれたのはやっちまったなと思ったけど。これでも酒は断ったんだぜ。飲んだのは最初の一杯と、二杯目の半分まで。ウソじゃない。
結局こんなんなってちゃ意味ねーか。
けど街中に飾ってあるポスターの中にお前がいるのを不思議に思いながら、俺はやっぱり当たり前のようにこの家へと帰って来た。……飲んでた店からだと自分の家よりこっちの方が遠かったのにな。
ドアを開けた時、中が暗かったことにちょっと拍子抜けしたのは、きっと気のせいだ。
考えたら俺達は確かに付き合っているはずなんだけど、距離感とか普段の生活とかあんまり昔と変わってねーし。
何より俺がまずあまりにも気まぐれ好き放題やってっから、……まあこんなモンだろ。

『いつまでも、あると思うな親と金』
『それと黄瀬君ですね。青峰君の場合』
『もしくは親孝行したい時分に親は無し』
『それも黄瀬君ですね。青峰君にとって』
『お前らは何が言いてーんだよ! あと赤司がなんでここにいる!』
『青峰、たまには示してやれ』
『はあ!?』
『言葉や態度で、何なら物で示してやれ。お前の感謝や愛情は――いささかわかり辛すぎる』

先月末、俺は旧友二人に拉致られて説教食らった。
くだらねーことで喧嘩して黄瀬を半ベソにさせたっつったら、赤司のヤツ京都からすっとんで来やがったアタマおかしいだろアイツ。いやウソ、冗談だからな。赤司に言うなよ。
……実際はくだらねーこと、でも無かったかもしんねェ。
なんか黄瀬が――俺が色んなヤツんトコ転がり込んでるみてェに勘違いしてるから……そうじゃない。そうじゃなく、無理して来なくていいとか、俺がいなかったりいなくなった時のことばっか話すから。
俺は黄瀬にそんな風に思わせてるのかっていう情けなさと、黄瀬が俺のことそんな風に思ってるなんてっつー悔しさみたいなんで、つい、怒鳴っちまった。
テツと赤司には馬鹿だと笑われた。
知ってるよ。
俺が悪いってのも知ってる。
そういう風に黄瀬を不安にさせて、黄瀬にばっか覚悟させてる俺が悪いなんて、ずっと昔から知ってる。
でもどう言ったらいいかわかんねーんだよ。
お前がいない生活なんて、考えたことがねェとか。
これから先、離れることを想像しようにもできねーとか。

『いや普通に言えよ』

だからよォ! なんで最後には火神まで来てんだよテツゥ!

「………………」

眠る黄瀬はいつものキラキラっつーかギラギラした感じが無くて、すごくやわらかく幼く見える。

――『言えよ』

それに引っ張られるようにして、俺も素直に気持ちを口にする。



「ケッコン、するか。黄瀬」



――『Please marry me.――って。ちゃんと言えアホ峰』





「……………………――――――――する」
「あ?」





それはクリスマスの朝。
練習のつもりが本番に。世界一、恰好のつかないプロポーズだった。



20161224 Merry Christmas!!