1:Intro(Home sweet home)


「ただいまー」
「おかえりっス青峰っちー! 今日もおつかれさまっス!」



――家に帰ったら、妻(♂)が笑顔で待っていました。



「お前さあ。その呼び方いい加減やめろっつってんだろ」

呆れたような声。
けれどそれが鍛え上げられた腹筋の猛烈な活躍によってなんとかひねり出されたものだと、このふわふわの金髪頭はわかっているのだろうか。
俺は湧き上がる笑みを抑え、改めて玄関に迎えに出てきたパートナーというか嫁(しつこいようだが♂)――黄瀬涼太を上から下まで眺めてみる。
着ているのは何の変哲もないコットンリネンの白いルームシャツに、ベージュのチノパン。それから黒いエプロンだ。
それがまあこの男が着ると、どこのブランドのCMかというくらいにさまになる。
いつもなら石鹸と淡いフレグランスの香りを漂わせているその体は、今はなんだか香ばしくて食欲をそそる匂いに包まれいているので、きっと料理中だったのだろう。

「だっ、だってその……まだ恥ずかしいっていうかなんていうか……」

俯くと、長い睫毛が白い肌に陰を落とした。

「でも大体! 青峰っちだって、『お前』とかばっかじゃないスか!」
「そうかあ?」
「そうっスよ!」

涼しげで、でもどこか愛嬌のある琥珀色の猫目は、きらきら輝いて俺を映しこんでいる。
頬は少し紅潮していて、何を言われても、どんな言葉を交わしても、嬉しい。と全身で叫んでいるようだった。

(こいつ……自分がどういう顔してんのかわかってんのかな)

わかってないだろうな。
だって多分、いいや間違いなく、こいつがこんな顔すんのは、こいつにこんな顔させられんのは、それを見ていいのは、世界でただ一人、俺だけだ。

「お風呂わいてるっスよ。ご飯ももうちょっとでできるっスけど……」
「風呂入る」
「りょーかいっス!」

抱き締めたいのはやまやまだが、今日は試合が終わってからシャワーも浴びずに帰ってきた。
尻尾をぶんぶん振りたくってる(ように見える)黄瀬を尻目に、足指を使って器用に靴下ごとスニーカーを脱ぎ捨て、そのまま鞄、Tシャツ(とランニング)、デニム、下着、と放りながら浴室へ向かう。
黄瀬はそれを慌てて拾いながら、カルガモの子供のようについてきた。
なんだこのデカイくせにかわいい生き物。

「靴はそろえる! 靴下一緒に脱がない! 服は脱衣所のカゴに入れてって! 何度言ったらわかるんスか!?」
「っせーなー。お前は俺のカーチャンかよ」

浴室のドアをがらりと開けた俺は、ようやくそこで黄瀬の方を振り返った。(もちろん既に全裸である)
途端、黄瀬の顔が、おもしろいくらい真っ赤に染まる。
いつまで経っても慣れねえのな。それもかわいいけど。

「――っ、カーチャンじゃねーよ! お、おおおおおお奥さんだよっ!」

あー今の録画しておきたかった、と心の中で思いながら、俺は「そうだったわ」と惚けた調子で返し、「そういえば」と続けた。

「お前、さっき玄関、裸足で飛び出して来てたけど、足ゆすぐか? なんなら俺が洗ってやるぜェ?」
「!!!!!!!!!!!!」

絶句した黄瀬は俺を突き飛ばすように風呂場に入れてドアを閉めた。
恥ずかしがらなくてもいいのによ。
……裸足で迎えに飛び出してくるとか、なにそれ愛しさで死ねるだろうが。







なんとか青峰っちをバスルームに押し込んで、俺はほっと息を吐く。
毎日のことなのに、なんでこんなにドキドキするんだろう。
青峰っちがただいまって帰って来るのが幸せ。
俺の帰りが遅い時は、めんどくさそうにしてるけど、必ず玄関まで出て来ておかえりって言ってバッグ受け取ってくれるのが嬉しい。
こうして服を脱ぎ散らかして、俺が怒ったりするのも。ホントはそんなに嫌じゃない。
正直なところ、一緒に暮らし始めたらすぐに慣れて、そのうちなにもかもが当たり前になるんだろうな、なんて思っていた。
なのに――

(全っ然、慣れん!!!)

さっきも靴履き忘れて迎え出てたとか、俺どんだけ青峰っちのこと好きなんだって、自分でも恥ずかしくなる。

(青峰っち、汗かいてたからぎゅってしてくんなかったのかなあ――)

洗濯機の前に立った俺は、手の中の服に思わず顔を埋めてみる。埃と汗のにおい。
だけどそれよりもずっとずっと、いいにおいがする。

(うー。青峰っちのにおいっス)

あまり長いこと脱衣所にいると怪しまれるので、俺はなんとか青峰っちの服から自分の顔をひっぺがした。
それからカゴに入っていた衣類も一緒に、洗濯機へと放り込む。
そしてまた、洗剤を入れようとして、注ぎ込む水に揉まれている服が俺と青峰っち二人のものだということに「ああ俺達一緒に暮らしてるんだ」なんていう実感を深めちゃったりして、もうとにかくいちいち仕事にならない。

(俺、完全オカシイだろ――)

顔が熱い。
呼吸を整えようと息を吸ったところで、唐突にバスルームの扉が開いた。

「おーいシャンプー切れ……「うひぇァいだっ!?」――お前、なにやってんの?」

蓋を大急ぎで閉めてそちらへ向こうとした瞬間、上に設置してあった乾燥機に頭をしたたかぶつけて、衝撃にしゃがみこんでしまった。
いたいっス……ちょっと星が見えた……。

「な゛っ……なんでもないっスよ……! せ、せんたく、してただけっス!」
「あ、そ? ん。シャンプーくんね?」
「そ、そっか! ごめんなさい。ちゃんと買っておいたのに、換えておくの忘れちゃったス……。はい」
「サンキュ。――なあ」
「ん?」

青峰っちの、真剣な目。なんスか。またドキドキするからやめてほしいス。

「やっぱ一緒に入りてえの?」
「ちっげーよ! 早く戻れ! 風邪ひいても知んねーからな!」
「お前、俺相手だと時々すげえ口汚いよなー」
「だー! もー! うるさいっスー!」

普通に青峰っちと話して、普通に青峰っちが笑う。出逢った頃みたいに。
それだけでこんなにもこんなにも嬉しい。
人から見たらおままごとか、悪いジョーダンに見えるかもしれないけれど。
それでも、俺は、俺達は本気だ。

「そろそろご飯炊けたっスかね〜」

今日の出来事を話しながら食事をしたら、あったかい紅茶を飲みながらぐだぐだして、一緒に眠ろう。
何から話そうかなあ。青峰っちの試合の話も聞きたいなあ。あっでも疲れてるだろうから早く寝かせてあげないと。
そんなことを考えてお皿を並べる。
しばらくしたらバスルームのドアが開く音。
そわそわして待ってた俺を、青峰っちはあのいたずらっ子みたいな笑顔でまたからかうんだろう。
そしてまたきっと俺は怒るんだろうけど。ホントはそれも嫌じゃないよ。
ううん、好きだよ。
俺、あんたになら何されても喜んじゃうんだよ。





これはどこかの世界にいるかもしれない馬鹿で幸せな夫婦(?)のおはなし。








20120910 WELCOME!!