俺とお前とバスケ



「お誕生日おめでとう青峰っち〜! さ、ご飯にする? お風呂にする? そ・れ・と・もバ・ス・ケ?」

ドアを開けたら裸エプロンの黄瀬がバスケットボールを小脇に抱えつつクラッカーを構えるという随分難しい体勢で俺を祝っていた。
コイツと暮らすようになって割りと色々なことが起こり、割りとそういうのに慣れているとは言え、目の前に広がっているのはなかなか消化するのに時間を要する光景だ。

「しかし! そんなことはともかくお前を襲えと囁いている! 俺の本能が!!!」
「ギャーッ!」

理不尽な三択にもめげず飛びかかる俺。
パァン……、と響く破裂音。

「う……黄瀬……」

俺は黄瀬に覆いかぶさりながら低く唸った。

「あ、青峰っち……!」
「クラッカーは人に向けて撃つなって書いてあんだろコラァ!」
「だだだだってだって青峰っちの突進がマジすぎて!」

マジにもなるわ。嫁の裸エプロン姿なんか見たら。
が、残念なことにこれは――

「なんちゃって裸エプロン……」

タンクトップと短パンの上から肩紐の幅広めアンド丈長めのエプロン装備でうまいこと偽装した、正面から見ると一瞬裸エプロンに見えるルックだった。

「お前にはガッカリだぞ黄瀬!」
「そんなに!?」
「後で覚えてろよ!」

そのタンクトップと短パン引きむしってやるからな! と指を突きつけて宣言すると、黄瀬は「そ、それならもっとフリフリのエプロンの方が良かったっスかねえ……」などと真面目に悩み始めた。いや〜、アホな嫁は可愛いな。ホント。
正直自分の誕生日なぞはどうでもいいが(昔から俺はこの手のイベントごとが苦手だ)、親しい奴らが騒ぐのが不思議で――でもって人のコトなのにやたらと嬉しそうだからまあいっかって気になって。今の黄瀬はそういうのの最たるモンだなって思う。

「はあ……。バスケは次のオフにするって約束してんだろ」
「うん! でもなんとなく……青峰っちの誕生日には言っときたいかなって」
「…………――――」

こういう時の黄瀬の目はズリィって思う。期待と希望に溢れてて、刺すように真っ直ぐで、どこか甘えるように健気で、どことなく優しい。

「風呂、一緒入っか」
「うんうん! あ、でもえっちなことはまだダメっスよ」

まだということはやはりやる気マンマンだなコイツ。

「で、飯を食おう。今晩のメニューは?」
「もちろん! 青峰っちの大好きな照り焼きハンバーグっス!」

黄瀬と暮らすようになって、俺は以前よりジャンクフードを口にすることが減って、薄い味付けのものもそれなりに好きになった。

「バスケは――今度。……お前とワン・オン・ワンだ」
「……うっス!」

俺が改めて「俺はバスケをする」と宣言することなんて無い。バスケは俺にとって空気みてェなモンだから、あるなしだのするしないだのじゃない。
でももしいつか今のようにできなくなったら――できなくなっても、なんか、どうだろうな。ボールがあって、ゴールがあるなら――

「……黄瀬」
「ん?」
「おかえりとお祝いのチューは?」
「あ! そうだ! へへ、大事なことを忘れてたっス! じゃあ青峰っち、」
「おうよ」
「おかえりなさい。それから、お誕生日、ホントにホントにおめでとう」

唇に押し当てられる熱に胸がずくずく疼きだす。子供みたいに楽しくなる。
それから寝るまで、黄瀬は百回くらいおめでとうって言ってたんじゃないだろうか。いやそれは盛りすぎだな。だって「おめでとう」は途中から「ありがとう」か「大好き」になってたから。
金の髪を撫でる。散々汗をかいたはずなのに、いいにおいがする。
薄く開いた唇を何度も啄ばむ。小さく声が漏れたけれど、黄瀬はそのままくうくう寝てる。もうちょっと警戒心持てよなー。……俺相手だから無理か。

「ありがとうは、こっちの台詞だろ。バーカ」

お前には、俺の傍にいてもらわなきゃ、困る。
だってボールがあって、ゴールがあって、お前がいるのなら。
俺はきっとずっとバスケをやってる。
飛んだり跳ねたりできなくなっても、俺とお前がいりゃ、バスケができる。
そうだろ? 黄瀬。



20160831