ねがいごと




新年、俺たちは必要に迫られ――というかお節介な連中に半ば強引に着付けを施され、近場の神社に来ていた。

「はえ〜、結構混んでるっスね」
「そりゃ正月だからな」
「でも俺こういう雰囲気好き! なんかワクワクするっス! ね、なんか食べてこうよ」
「言われるまでもねェや」

もーさっきから俺の腹は鳴りっぱなしだし寒いし眠いしどうにかしろ。
そもそも折角のオフだからむしろ朝から一発寝込みの黄瀬を襲ってそのまんまだらだらイチャつこうとか思ってた俺の野望を返せ。

「青峰っち」
「なんだよ」
「今すごい邪念を感じたんスけど。つか顔が邪悪なんスけど」
「それは元から」
「自分で言うんスか。……寒い? 大丈夫?」

言ってる黄瀬の方が鼻の頭赤くて、いかにも寒そうだ。いや鼻の頭だけじゃなくて頬も赤い。

「……? お前こそ風邪でもひいてんのか? 顔赤ェぞ?」
「ひいてないっスよ。……青峰っちの和服姿がその……ヤベーなって」
「ヤベーの?」
「うん。浴衣ン時とも違う感じするっス」
「ふーん?」

まあ普段はしない恰好だ。
出かける前、帯がきつくて腹をドコドコ叩いてたら黄瀬が「青峰っちついにゴリラ化したんスか?」って聞いてきたので、勢いで腹パンしてしまった。帯アーマーがあって良かった。DVで離婚沙汰とかシャレになんねーからな。
なのにコイツと来たら「ぐえ」っつった後に「ちょっとアンタ手ェ痛めたらどーすんスかァ……」。
……馬鹿だろ!? お前! 知ってたが! 知ってたがよ!

「そうやってきっちり帯締めて羽織まで羽織ってると……若旦那っぽい」
「なんだそりゃ」
「よっ、若旦那!」
「いや意味わからん」
「青峰屋!」
「歌舞伎か」

お前の変な掛け声のせいで前にいる人笑ってんぞ。意外にも黄瀬は気付いてない。何故なら俺に夢中だから。……いや俺が変な笑い出るわ。
しかしそれを言ったら黄瀬のこの不思議な雰囲気はなんなんだろう。コイツは別に外人顔なワケじゃない。なのに着物に身を包んでいるとどうも――異国の人間が旅行先で民族衣装着てみました(しかも妙に似合っちゃってます)的空気がある。和服着た金髪ピアスの一九〇センチとか下手すりゃ「荒れる! 成人式!」ってテロップ付きそうなモンだけど。

「お前も黙ってりゃサマになんのにな」
「!? 黙ってりゃってどゆことっスか!?」
「そのまんまだよ」

ようやっと賽銭箱が近づいてきた。
前に並んでるのはあと……いち、にー、さん、し、ご。五人か。
黄瀬がちらりとこちらを見た気がした。

「……お前、今何考えた?」
「え? いや何って? 青峰っちこそ何。何か見てたっしょ」
「まーな」

チャリンこつんと響く音。
たくさんの人たちが幾らかの小銭を投げ入れ、頭を下げ、手を打って、必死に願い事をしてる。

「入るっスよね」
「ヨユーだろ」
「でもやっちゃダメっスから」
「えー」
「えー、じゃない」
「そこにゴールがありゃ投げたくなるのが男ってモンだろ」
「ゴールじゃなくて賽銭箱だし! ボールは投げてもお金は投げちゃダメだし!」

あーはいはいわかりましたよっと。
――さつきと来てた頃もそうだったが、誰かとこうして並んで目を瞑るのは……少し居心地が悪い。
寒いし、眠いし、列は長くて退屈だし、此処に辿り着いたからって何かあるわけでもねーし。
そーなんだよ悪ィな神サマ。俺は昔からアンタにかけるような願いを持っちゃいない。
そんな大層なモンはそもそも無いし、あったとして誰かに頼むものでもねーだろ。
祈っても怒っても理不尽なことは幾らでもあって、逆に突然奇跡が起きたりする。

ただ……まあ強いて一つ挙げるなら。

(コイツが)

俺の隣にいる、この男が、

(もう少し自分のこと大事にするようにしてやってくれよ)

俺だって大概コイツの扱いは雑だけど、そんでもって散々それについて文句言われてきたけど、だけど黄瀬涼太を一番雑に扱ってんのって、黄瀬本人じゃねーのかって。
雑――というのとは違うかもしんねーけど。
己に対する容赦の無さに、時々俺でさえ驚愕するから。

「黄瀬、お前何つったの?」
「願いごと?」
「そう」

どうせアレだろ? お前は「青峰っちが怪我無くバスケできますように」とかお願いしたんだろ?

「へへ、俺はね、青峰っちが怪我無くバスケできますようにってお願いしたっス!」
「ふはっ」
「何笑ってんスかあ。あ、ヤバイ。願いごとって、言わない方がいんだっけか」
「別にいんじゃね?」

少なくとも、俺はその言葉を聞いてやる気出たから、叶う確率は上がった気がする。

「青峰っちは?」
「教えねーよ。……けど、ああ、やっぱ頼んどいて良かったわ」
「え、えー? なーにー!?」

お前は俺の分を、俺はお前の分を。
そんな風に思うなんて、まったく俺らしくもねーよな。
そうだ。誰かの願いや望みなんて、重くて邪魔でたまらないと、昔はずっと思ってた。
でも黄瀬のは――ふわっふわの羽根布団みてェにあったかくて心地良いんだ。そんなん抱きしめたくなんだろ。ぎゅーってして、むしゃーってしたくなんだろ。

「なんスか青峰っち! 髪ぐしゃぐしゃになる!」
「いいじゃん触らせろよ」
「だーめー!」

「そういうのは家帰ってから……」などと頬を赤らめる嫁を前に、神社に天使がいてもいいもんなのかとわりとガチで心配する俺なのであった。



20170122 Your happiness is my pleasure.