夏の欠片、もうひとつ



潮騒みたいに満ちる喧騒。
昼下がりのサービスエリアはまだ少し混雑模様だ。食堂の席はそこそこ埋まっていた。
それでもピークは過ぎたらしく、今は返却口に溜まった食器類をおばちゃん達が片付け中。

「お前それだけで足りんの?」

俺はとんかつ定食、黄瀬はご当地うどん的なヤツ。俺としちゃ肉が足りない肉が! って感じなんだが、黄瀬は「デザートも食べるしこれくらいで十分っスよ!」とニコニコ顔だ。
うどんをご丁寧に一本ずつ食す様子をしばし観察する。すするのは最初のちょっとだけ、あとは箸で持ち上げぱくり、持ち上げぱくり……ってお前はなんでそんなまどろっこしい食い方するんだか。散々見て知って慣れていても、不思議なことに変わりは無い。


『黄瀬ェ、お前コレ食わねーの? だったらいっただき!」
『ちょ、青峰っち! それ最後に食べようって取っておいたのにぃ……』


食堂でこうして向かい合ってると、なんだか中学時代を思い出す。
黄瀬は今と変わらず食べるのが遅くて、いつも最後まで皿におかずが乗っかってた。
そんで赤司に「黄瀬、おしゃべりもいいけれど、手と――食べる方の口もちゃんと動かせ」と言われていたっけ。(そして俺はよく食べながらしゃべるなと怒られた。)


『俺今まで学校でこんな風にお昼したこと無かったから、スッゲー楽しいっス!』
『お前友達いなさそーだもんな』
『ヒドッ! ……うう、まあ、事実なんスけど……。あと、ご飯から昼休憩の間ってここぞとばかりに女子が寄って来て鬱陶しいっで! なんで殴るんスか!』
『そういうのいらねーから』
『だってホントのこと……。――だからこうやってみんなとご飯食べんの、好きだし、ホントに楽しい』


食券を買って出して、安っぽいプラスチックの器と割り箸をトレイに乗せる黄瀬の姿は、いつだってどうにも場違いに見えた。
赤司や緑間みたいに、とびぬけて家柄もお育ちも良い連中が庶民的な場所にいるっていうギャップともまた違う(あいつらの浮きっぷりはどちらかと言うと育ちどうこうより強烈すぎる個性のせいだろう)、溶け込んでいるようでいてそうでもないっていうか、いつもどこかに「自分は一人だ」っつー棘みたいなオーラがあったっていうか。……え? それいつぞやのお前のことじゃねーかって? うっせ。……今自分でも思ったわ。
とにかく、それがいつの間にかこうやって、誰かといることが普通になってる。
俺も、黄瀬も。

「青峰っち俺のおうどん欲しいんスか?」

「さっきからずっと見てるし」。なぜかちょっぴり頬を赤らめつつ、黄瀬が自分のどんぶりを差し出して来た。鼻先をかすめる湯気とだしの良い香り。

「は? 見てたんだよ。うどんじゃなくてお前をな」

――……なんつーことは、今の俺でも流石に言わない。いや言ったら黄瀬普通に喜ぶんだけど。こんな台詞でも。お前俺に対してだけ自分のこと安売りしすぎじゃね? という心配をするのも、もうやめた。俺は黄瀬の黄瀬による黄瀬涼太叩き売り大会に全力で挑戦し続けると決めている。

「でもってもちろん、俺に勝てるのは俺だけだ」
「!? 青峰っちのかき揚げに対するまなざしが真剣すぎる……! ぜ、全部食べちゃダメっスからね!?」
「食べねーよ。なんなら俺のとんかつ一切れ食うか?」
「えっ! そそそ、そんな、こんな人前で……」

……まだ「あ〜んしろ」とは言ってねーぞ。(しようかとは思っていたが。)
とれたての海老みたいにピチピチしてる黄瀬をほうったまま、俺はうどんをすするのだった。

建物の裏手の方に回ると海が見える。目当てのものを買った俺達は、暑い暑いとわあわあ言いつつ、それでも広がる夏の青につられ外へ出た。
手にしてるのはミルクソフトとチョコソフト。俺らの肌の色具合そのまんまみたいなうずまきは、ひんやり甘くて最高にうまい。
うん。このロケーションなかなかいいな。夏旅って感じする。
黄瀬も同じように感じてるのか、少し顎を上げ心地良さそうに海風のにおいを嗅いだり、陽の光に目を細めたりしてはソフトクリームにかぶりつく。なんか――見てるだけで目がチカチカするような、あまりにもまばゆい光景だった。

「えへへ〜、おいしいっスね青峰っち!」
「目標達成、だな」
「うっス! わざわざあざっしたー!」

おどけて頭を下げる黄瀬に、俺もわざとらしく胸を張ってみせる。

「なんのこれしき。あ、黄瀬、垂れてっぞソコ」
「えっウソ! うわ危なッ」

コーンのふちを乗り越えて黄瀬の手元を目指していた白い雫を、桃色の舌がちゅるりと掬う。しかし勢いがついていたせいか、今度はそのとんがった鼻先がソフトに突っ込んでしまった。「ひゃあっ!」て言ったぞコイツ。なんで咄嗟にそんなかわいい声が出るんだよ反則だろ。

「ああああおみねっち、ティッシュとかハンカチとか持ってないスか!?」
「俺が持ってるワケねーだろ」
「ですよねー!」
「へえへえ……っと」

騒いでいるうちに溶けたクリームが鼻から落ちそうになっていたので、てのひらで拭う。黄瀬はびっくり顔で俺の方を見て、「ありが、とう」――さっきとは全然違うトーンでそう呟いた。
……ここが外じゃなかったら舐めて取ってやったのになあ。そらもう顔だけじゃなくあちこちベロベロ舐め回して、べったべたに……ゴホン、まあそこまではしねェ。いやするときゃするんだけど、今はそういう気分じゃねーってこと。

「お前のも食わせろよ」
「へぁ? あ、ウン。じゃあじゃあ、俺も青峰っちの一口ちょーだい」

誰かと――俺と飯食ってじゃれあって楽しそうにしてる黄瀬を見るのが、俺は好きだし、楽しい。



20171013(20160817)