死に至る病


外からの街灯の光にぼんやりと照らされた病室は、真っ暗な部屋でテレビをつけた時に似ていた。

「花村。」

月森の声がしんと凍えた廊下になお冷たく響く。
骨ばって細い花村の肩は見た目でもそれとわかるほど震えた。

「あ・・・月森・・・、さっきは・・・」

生田目を『入れよう』と彼は言った。
わかりやすい憎悪の刃を素手で握り締めて、安易な方へ逃げようとした。

「よかった。」
「え?」
「よかった。お前を嫌いにならなくて。」
「、つき、もり?」

歩いても歩いても鼻の奥を奇妙に徹る消毒液のにおいは体中に付きまとう。月森は漆黒の学生服に絡むそれを振り払うように手を空へ打ち付けた。

「お前がもしあれ以上馬鹿なこと言ったら、」
「・・・・・・」

花村の色素の薄い双眸が怯えてまるく広がる。哀れな彼はその先を識っている。
それでもあえて突きつける。

「俺はお前を一生軽蔑したよ。」

菜々子の小さな体についた沢山の機械が彼女の終わりを無慈悲に告げて、皆は嘆いた。
なのに何故そのすぐあとに、生田目をどうするかなんていう下らないことに気がいくんだろう、と。
落ち着いてなんかいなかった。単にわからなかっただけだ。
月森には本当に理解できなかった。それだけだ。

「ごめっ・・・」
「謝らなくていい。花村が選んだことだから。いや、選ばなかったけどな。」

みるみるうちに花村の顔が歪む。困り果て、捨てられる寸前の猫みたいに大声を上げる。

「違うそうじゃなくて、ごめん俺、頭に血が昇ってて、本当に腹立って・・・!」
「いいよ、花村。もういい。」
「ごめっ・・・月森、俺のこと嫌いンなったのか?」
「そんなわけ無い。・・・何?俺が気になる?花村は誰がどう思おうと俺はやる、みたいなこと言ってなかった?
それとも―」

―お前の言うことなら俺はすぐさま賛同するとでも思った?

平坦でいて、どこか挑発じみた声音に果敢ない瞳がひび割れ、痩躯から力が抜ける。
ああ、泣く、と月森は思った。

「そうじゃな「だから、黙って。」

自分を動かしているのは怒りでもなんでもない。
花村は己の感情を変に押し込めるくせして隠しきれなくて、結局最後は負ける。だからあんな風に極へ走ることは用意に想像がつく。
人から器用と見られる不器用。このままの調子で生きることはあまりに大変だろうと思う。

(心配―)

「月森、月森。」

(不安―?)

「俺を、きらいに・・・」

(やるせない、苦しい、切ない―)

「俺をきらいに、ならないでくれよ―!」

月森の長い腕があっという間に花村を捕らえて胸に抱きこむ。制服の分厚い布地が二人の体の間で軋んで、熱い呼気が混ざった。
くすんだ廊下に長い影が落ちるのを目を細めて見ながら、月森は花村の乾いたくちびるにキスをする。

「黙れって、言っただろ。」
「・・・・・・・・・」
「今度言う時は間違えるな。」
「・・・?」
「テレビに入れる、じゃない、俺の手で殺す、だ。」
「っ―・・・!」
「そうしたら花村。」

(ああ―結局、)





「俺がお前を殺してやる。」





要するに、好きな人の目が憎悪に歪むとこなんて見たくない。
好きな人が人殺しするとこなんて見たくない。



(好きなんだ。)



傷つくのが、汚れるのが見たくなくて、護りたいくせに落胆するのが厭で、期待を裏切られるのが怖くて、壊したくなる。
とんだ身勝手、なんてエゴだ。

「まるで病気だな。」

小さな嗚咽を上げしがみついてくる花村の頭を撫でながら、月森は眉根を寄せて笑った。


END 20080929