the depth connects the world


耳から入って来て脳を揺さぶる、響く低音に心臓の鼓動が重なって溶ける。
足でワンツー、リズムをとって、汗で滑りそうになる重い金属を握り締める。
肉を断つ感触も、返り血も無い。
俺は時々ヒーローになったみたいな気分になって、でも夢の中で幻相手にもがいてるように苦しくなる。
これは現実なのか、俺ってなんなのか、今どこでなにをしてるのか、上がる息の下で思考がミキサーにかけられてばらばらに千切れ飛ぶ。
そういう時は、前を見て、

「なあ、相棒。」

声をかけるんだ。

「どうした。」

そしたらいつも変わらず涼しい瞳が俺を繋いでくれる。
足場を失くして落ちそうになる俺を、引っ張ってくれる。

「ちょ、花村先輩、しっかり!」
「陽介!」

でも今回俺はちょっとドジを踏んでしまったようです。
あと数ミリ、あと何かひとつ触れたら膝が崩れ落ちそうになるところを、奥歯が割れそうなくらい噛み締めて耐えて、
それからあとは、覚えてない。



「―花村。」

やべえ俺死んだ!

一瞬本気でそう思った。
だって目の前には月森のものすごく、今まで見たこともないほどものすごく心配そうな顔があって、その後ろには夢みたいに広がってる雲海ときらきら光る虹が。
なんだか、とっても、ヘブン的。
いや違う違う。
ここは菜々子ちゃんが行きたい場所?いや、菜々子ちゃんが待ってる場所。

「悪い・・・。俺が、焦ったから。」

ンなことねえよ。
そう言いたかったけど、咽喉からは掠れた音しか出ない。
俺は性格が良くないから、お前の焦りを感じて少し嬉しいって思ってる。
お前でも焦ったり怒ったり取り乱したりすること、あるんだなって。
だから一気に突破する前に二人でレベル上げときたいって言われて、俺は選ばれた気分になった。
そういう時、俺は、俺が月森の支えになれるんだって。

「おごり・・・かなァ・・・。」
「よしラーメン大盛り細切れチャーシューましましだ。」
「アハハ、そっちじゃねーし・・・。」

テンパってる月森がおもしろくてしばらくその膝の上で(膝だった!驚くべきことに!神秘の感触膝まくら!)笑ってたら、むすっとした顔で口ン中にリボンシトロンの瓶をぶっこまれた。

「ほぼひへははほばべぼっ!」
「はあ?」
「起こしてから飲ませろっ!鼻に来るわッ!」

でもそんなのは勘違いで、まやかしで、月森は俺の手が届かないところにいて、やっぱりリーダーなんだ。

「せ〜ん〜ぱ〜い〜!心配だから早く帰ってきてっ!」
「はいはい。」
「クマ吉もさっきからスクワット始めちゃってうるさいの!今度は連れてってあげてよねっ!」
「はいはい。」

くすくす笑うその表情は、もういつもの月森のもの。

「・・・さっきさ。」
「?」
「さっき、陽介って、呼んだだろ。」
「・・・さあな。」
「きいたんだからなっ!」
「どうだろう。」
「きーきーまーしーたぁー。」
「行くぞ。」
「わ。」

突然、手を握られた。
あったけえ。
繋いだところから何か伝わってきそうな気がして、必死に神経を尖らせる。
これから何があるだろう。何があるかな。
すこしだけ、こわい。
俺はそういう時、ヘッドフォンをするのが癖だった。最初から世界とは繋がってないフリをして、自分の中で全部完結させてた。
月森と逢ってから、俺はそれをしなくなった。
みんなと話している方が楽しいし、月森の声を聞いている方が幸せだった。
足でワンツー、リズムをとって。

「なあ、相棒。」

その背にずっとついてゆく。

「なんだよ。陽介。」

なにがあってもずっと。


END 20081019