アンチェインド
「ッ、ぁ、ぁう・・・う、」
意味を成さない音声の羅列が切れ切れに散る。人が聞いたら首を締め上げられている人の最期の声かと思うかもしれない。
「もう無理?」
「ンンン・・・!」
花村は頭を何度も大きく横に振った。その度に両側に跳ねた髪の毛がぱたぱたと揺れ、動物の耳を連想させる。
細い手指が哀れなほどに震えていた。
この指で、この腕でどうやって戦っているのか、時々傍にいるはずの月森でさえわからなくなる。
「遠心力ですよ遠心力。Gでね、こう。」
「意味わかってんのか。」
一度尋ねたらひどく素っ頓狂な答えが返ってきたので、以来聞いていない。
「すごい。どろどろだ。逆流してる?どんな感じ?」
「あっ、あつ、熱いっ・・・!あつ、くて、ワケ、わかんねえよぉ・・・!」
「おしっこガマンするのとどっちが辛い?」 「え?そ、そんなんっ、わかンね、っ・・・!」
勉強机の椅子に腰掛けた月森の両手は実に涼しげに彼の胸の下で組まれていて、ぴくりとも動かない。 花村が自身の性器を己の指で締め上げ泣いているのは、強要でも強制でも無くただ彼の望みだ。
「してみる?無理しなくていいけど。」
そんな言い方はずるい、と花村は赤くなる。
「じゃあいいよ。しなくて。」
本当に優しく。その時月森の中にはちょっとした悪戯心のようなものがあったくらいで、しなかったらどうこう、なんてことはこれっぽっちも考えてはいなかった。
「見て欲しいんだ?」
「そ、んな・・・ちが、ぅ・・・」 「だって自分からそんなことするなんてさ。」
「言うなよ、もぉっ・・・!」
真っ赤に充血して先走りに塗れた性器と、それに絡む白い指があまりにも卑猥で、目が逸らせなくなる。
月森は上気した花村の顔とそこを交互に見てから困ったように笑った。
「後ろもやってみるか?」 「ムリ!ムリムリっ!」 「そうか?」 「ひぁ、ン!?」
ソファで喘ぐ花村の前に膝をつき、顔を近づけて息をかければ垂れて来た精液を含んだ蕾が応えるように蠢いて、ぷち、とごく小さな音が立った。けれど花村は敏感にそれを拾い上げて羞恥に両目を伏せる。
「ほら、こっちの手、貸して。」 「あァっ・・・、」
冷たい手に熱く濡れた手を取られ、収縮する肉の輪を自らの指で押し広げるよう促されても、決定的な抵抗というものは無かった。それは最初から。体を繋げた時から。
どんなに辛くても痛くても、彼は「否」とは言わない。
「自分でできるだろ。」 「でき、ねえよぉっ・・・」 「ほら。手伝ってあげる。」
耳元で低く囁けばそれだけで下肢が震える。
「ふぁ、う・・・!」
自分の体にも関わらず、もはや何がどうなっているのかわからないと言った風に花村は眉根を寄せて涙をこぼした。開きそうになる脚を懸命に閉じ、その勢いでぶつかった膝頭が鈍い音を立てた。
「ちゃんと見せて。」
「っく、」
断ったっていい。
断ったっていいのに。 花村はやはりそろそろとその腱の張った細い脚を開くのだ。
「かわいい。」 「ひゃ!」
掻き乱す指にひきずられて露出した紅い媚肉にくちづけ、月森はためらいもなく舌を差し入れる。頭上で響く悲鳴じみた嬌声さえ心地良く飲み干しながら、先走りと腸液でほのかに湿った内臓を舐めほぐす。
「あっ、あ、駄目、そこ、月森っ、ダメだっ・・・!離れ、うぁ!」
逃げようとした指をもう一度押し込む。視界の隅で引き攣る足指を撫ぜる。決壊を防ぐための五指に手を重ねる。
「よく我慢したな。」
甘く優しく、飼い主が従順な犬を誉めるのと同じ調子で月森は言った。 瞬間、花村の四肢は大きく痙攣し、ソファに落ちた。
「ふぁ、ア、あああ―!」
弛緩した体をそのまま拓く。
さしたる痛みも無いのか、花村は微かに肩を竦めただけだった。半分意識が飛んでいるのかもしれない。にも関わらずその手は再び自分の性器を締め上げようと動いている。
「陽介。もういいんだよ。」
剥がそうとしても剥がれない。
「陽介?」 「って、いっしょ・・・が、いい・・・」 「―・・・?」 「月森と、いっしょ、が、」 「陽介―、」 「しばって、いいからっ・・・好きなようにして、いいからっ・・・だから・・・!」
それ以上言葉を紡ぐことは月森が許さなかった。
お前は本当はとても自由で、お前がどんなだって俺はお前に自分の意志で繋がれていると、そう言ったら花村は信じてくれるのだろうか。
自分自身をがんじがらめに縛り付けて生きているこの小さな生き物は、いつかそれに気付くのだろうか。
END 20081101
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