clover


※flower gardenのオマケ本用に書いていたものなので、漫画前提の話になっています。

「陽介?」
心配そうに覗き込んで来る瞳に気付いて微笑い返す。「大丈夫」と言おうにも、下腹を圧迫する熱のせいで上手く言葉になりそうに無かった。
汗で頬に張り付く髪を長い指がゆっくりと梳いていく。ひんやりとしていて、でも温かい。その感触に全身が応えるように震えて月森を締め付けた。
「「っ、」」
互いに息を詰めた気配に、闇色の静寂が揺れた。
「ぁ、あ、」
堪えることができず情けない声が溢れてしまうのも、涙が次から次へと零れるのも、全部目の前にいるこいつのせいだ。
なにもかも、握られている。
「ッ、んんん―」
「抜く時がいい?」
「き、くなっ、そんなのっ・・・!」
排泄に似た感覚に背筋がざわめき撓む、両脚が自分の意思とはまるで関係無しにばたついて月森を抱えこもうとする。
さっきから二人の体の間に挟まった夏服のシャツが性器に擦れてもどかしい。
(触りたい触りたい、違う、落ち着け、落ち着けってば。でも触りたい。そうじゃない。月森。触って――)
「ぅあ!?」
思考をスキャンされたみたいに、手が降って来た。月森を見上げる。奴はいつも通りの穏やかな顔で、
「もっと開いて。」
ごくごく優しくそう言うのだ。
足の付け根をくすぐられるとありえないくらいに腰が跳ね踊った。
「あっ、も、やだァ――っは、や、はやくっ、月森、月森、つきもりっ、おねがい、だからっ、」
はしたない水音と気持ち悪く媚びた声が耳を侵す。
月森の前では、俺ばかり恥ずかしい。俺ばかり汚い。俺ばかりが必死すぎる。
「陽介、っ、」
「ひ、ンっ!?」
切羽詰った呼び声に、達してしまう。ああやっぱ、俺かっこ悪い。



月森からのプレゼント。
―それって、俺のために?
本当はその一言が言いたくて、でも言えなかった。



「菜々子、おいで」
月森の手には白詰草で編まれた小さな花冠が収まっている。駆け寄ってきた菜々子ちゃんの頭にそれを載せ、満足そうに笑う。
「わあ〜!お兄ちゃんありがとう!」
「どういたしまして。すごく可愛いよ」
そんな言葉もごく自然にさらりと出てくるのだ。老若男女、誰が相手でもお構いなしに。たまったもんじゃない。
「お前、もしかしてあのしおり菜々子ちゃんにも作ってあげた?」
「うん?うん。作ったけど」
見当違いな落胆とわかっている。でも俺は落ち込む。バカバカしい。身勝手にもほどがある。
「でも四つ葉は陽介だけ。」
「え。」
「にしても、昨日の陽介はかわいかったなああ〜。」
「は!?なにっ・・・!?」
「あんな顔であんなこと言われたらほんと俺あっちもこっちももたない。」
神妙な面持ちで深い溜息を吐く月森に、俺は真っ赤になって口をぱくぱくさせた。
「おおっま、何言っ・・・!」
「手、出して。」
出して、と言いながら既に月森は俺の手を引っ張っていた。拒絶なんてできるわけが無い。こんなささいな触れ合いに、心臓が縮こまりそうに歓喜する自分がいる。
「給料三か月分的な何か。」
左手の薬指に、白い花の指輪がはめられた。やっぱこいつ頭おかしい。絶対おかしい。こんなことする奴見たことねえ。
だってあれだぞ。コーコーセーだぞ。俺たち。そう俺たち。俺は男で、お前も男で。
「ばっか。」
鼻で笑うつもりがうまくいかず、口元が笑いたいのだか泣きたいのだか戸惑ったまま止まってしまう。
俺はとっくに本気になってしまっていて、でもそれを認めるのが怖い。
飛び込んだ非現実や、迷い込んだ非日常さえもたやすく凌駕する、そんな俺たち二人の関係だった。
「怖い?」
月森は訪ねる。何を、とは聞けない。銀灰色の瞳は蝶を射止めるピンみたいに真っ直ぐで鋭い。
「俺は陽介のこと諦めないから。」
葉にうずもれ隠れるように繋いだ手に力がこもる。
「幸せを呼ぶって信じてる。」
響く奈々子ちゃんの、子供たちの笑い声とか、砕け散る初夏の碧い陽射しとか。ごく当たり前の世界の中で、この手だけが許されないような、なのに何も、誰も及ばないほど素晴らしい気がした。
いや、間違いなく、俺にとってはそうなんだ。
「俺、ハッピーエンドが好きなんだよね。」
月森は、無邪気に絵本をめくる子供じみた調子でそう言った。







陽介は時々、妙に破滅思考だなあと思うことがある。そこまで大層なものではないのかもしれないけれど。
(自虐的というか、自分の価値をわかっていないというか)
きっと単純な一言では言い表わせない。だから難しい。
人なつこいようでいて人見知りで、そのくせ人が好きで、なのに人が怖くて、愛されたくて、近づきたくて、けど甘え方を知らない。

――好きになるのに時間は必要だろうか。
(必要な人もいる。)

――伝えるのに時間はかかるだろうか。
(どれだけかかってもいい。)

――信じてもらえるだろうか。
(きっと。必ず。)

白詰草の絨毯の中にぽつんと座っている陽介は、ひどく所在なさげだった。
向き合ってみる。丸い瞳がきょとんとこちらを見つめてくる。
この目を幸せでいっぱいにしたい。不安がらせたくない。両手にあり余るほどの愛情とか嬉しさとか、ただそれを受けて笑って眠りに就く日があったっていいんだって教えたい。
「ぎゃーっ!これアブラムシいっぱいついてるチクショーッ!」
なんて真剣に考えてたら、陽介が奇声を上げて手を振り回している。どうやら引っ張った花の茎に緑色したツブツブのアレがびっしり並んでたようだ。Gのつく黒くて速い奴が一番嫌いなものだって聞いたけど、これは基本的に虫全般苦手なんだろうな。
「へこむなへこむな。」
「うええ〜キモイ!マジキモイ!手、洗いてェよお〜!」
ズボンでごしごし手を拭いて肩を落とす陽介の睫毛は長くて、瞬いた刹那、音さえ聞こえそうな気がする。
薬指には白い花が咲いている。その手をとって、さりげなくくちづける。

病めるときも健やかなるときも、嬉しいときも悲しいときも、ひとりぼっちでどうにもこうにも前に進めなくなったときも、たえられないような別れがいつか二人を引き裂こうとしても、共に歩むことを。

「陽介がいやだと言っても、俺は誓います。」
「何を誓った!?お前の頭の中で今何が起こった!?」
耳まで赤くしてフリーズしていた陽介が叫んだ。俺はそれを見てバカの一つ覚えみたいにかわいなあと笑うしかなかった。


END 20090425