a little pain



自身の重みを支えるその腕は骨ばっていてどこか危うい印象を受ける。

「ぅあ、は、っく、ふ、」

声を殺すのに全身を強張らせる。
跳ねる胴を抑え付けるかのように寄せられた双肩のふもと、深く窪み落ちた手前の鎖骨に小十郎はがりりと噛み付いた。

「ひ、ぅっ!」

上体を傾けたその勢いで内をよりひどく穿ったらしい。丁度息を吸おうと開いた唇が鮮やかな嬌声を零した。政宗は羞恥に頭をうちふって、抗議のつもりか小十郎の胸板をこぶしで叩く。童がだだをこねるのに似た仕草はなおさら差し向かう人間の欲を煽るだけだった。
面立ちや立ち振舞いこそ大人びているものの、全てを脱ぎ捨てれば独眼竜といえど十九の青年、其れを目前にする度に小十郎はこんなものなのだと思った。決して落胆や失望ではない。むしろそれは驚嘆であり、信仰に近い尊敬の念さえこもっている。戦場であれほどの殺気と覇気を轟かせている奥州王の、中身はやはり人間でしかない。
だがしかしその人間が一国を、両の指でなぞ数え切れようも無い人の命を背負っている。重いだの辛いだの言っている暇は無いのだ。引き剥がそうとすれば皮膚は破れ、肉は千切れ、背骨ごと抉り出されるだろう。そういうもの、そういう重さだということはもとより本人も重々承知していた。
だからこそ、時折こうして心身が耐えきれずに撓んでその痛みのあまりに咆哮するのだ。

絶頂が近いのか既に己の白濁に塗れてぬるつく太腿の付け根がぴくぴくと痙攣している。
湿った呼気が嗚咽混じりの音を含み、一つしかない蒼瞳が涙に濡れて揺らいでいた。
容赦なく腰を掴んで引き寄せ、楔を押し込めば断末魔の猫のような鳴き声が上がり痩躯ががくりと大きく仰け反った。泥濘を踏み散らすような卑猥な水音が耳を打つ。

「あっ、あ、うあ・・・あ―っ!」

熱くとろける内壁のかすかなしこりを抉るように突き上げれば間もなく小十郎の主君であった伊達政宗の外殻は剥がれ落ち、果敢ない強さで己の身一つを守ろうとしている青年が現れる。小十郎は手加減などしない。快楽と痛みに泣き喚き、もう無理だと訴えられても止めはしない。本気でかかって来い、壊れるくらい滅茶苦茶にしろ、それこそが政宗自身小十郎に下した絶対の命。
長く節の高い手指が一旦は挙げられたものの所在なさげに空を掻き、身に絡む藍の着物の胸を掴もうとする。それを取り上げて手首に口付けるとそれだけできゅぅと後孔が締まるのがわかった。
てのひら、指先、指の股、すべてにくまなく舌を這わせて三本の刃をいちどに握る拳を唾液でべとべとになるまで愛撫する。政宗はじれったさに鼻を鳴らして身を捩るがどうにもならない。唇から零れるあえかな声はまるで優しくされることを拒否するように哀しげだった。

「政宗様。」

呼べば一際大きく全身がうちふるえた。
この人は愛情の受け方を知らない。
ただ無条件に慈しまれることを知らない。
だから穏やかな情を求められずに痛みをより大きな痛みで覆い隠そうとする。そんなことはできるはずがないのに。そんなことは政宗本人が一番よく知っているはずなのに。

『時の流れがなにもかもいつかは癒してくれるなんてのは嘘だ。』

そう言い放つにも関わらず、こうすることしかできない。方法を知らない。

時間にも治せない傷がある。
時間にも消せない徴がある。
癒されたと思っても結局は膨大な時間の中に埋没させて忘れようとしているだけ。
ならばどうすればいい。

「政宗様。」

もう一度、つよく。
汗によって額に張り付いたべっこうの飴細工のような髪を払い、引き攣れた皮膚の合間、
盛り上がった肉、今は何も収められていない眼窩のある場所に手をやった。政宗は心持ちからだをかたくさせながらも小十郎の動きを制止することなく追っている。

「痛みますか。」
「―No.・・・」

否定して、おそらくは笑うつもりであったのだろう下唇が細かく震え、耐え切れず口角が下がった。

「痛くねえ。・・・こんなのは、痛くねえ。」

くちづける。傷跡を舐め上げ、瞼のふちをなぞり空洞を埋めるようにやわらかく食む。
途切れていた嬌声がまた上がり始めるのを確認して小十郎は律動を再開した。最早政宗はまともな句が継げないどころか呼吸さえままならない様子で泣きじゃくった。
滴り落ちる涙は海の味がする。北の、昏く冷たい海の味だ。
この行為によってしか泣けないというならばそうしようと小十郎は決めていた。百回傷つけたならば百回愛する。そんな不器用なやり方しか彼も知らない。

「―ァ、あああああ、こじゅっ、ろぉ、っ・・・!」

長く切ない悲鳴が響き、政宗の身体が小十郎の胸に崩れ落ちた。



「・・・く、ねぇ。」
「政宗様?」
「・・・・・・おまえがいる、なら、こんなのは、いたくねえ、」



意識が途切れる寸前、その薄い唇はたしかにそう呟いた。
夜の闇はあまりに深く、ささやかな涕涙など一息に飲み込んでしまいそうだ。けれども輝いている。小さな星屑のように。彼の痛みの欠片のように。


END 20060718