手などゆるめぬ


「オラ!何だらっしのねえ顔してんだ真田幸村!」
「は!」

二人とも戦の時の装いとは違い、小袖に羽織、きちりとしながらも寛いだ雰囲気で向かい合っている。
幸村の膝の前には、仄かに湯気を立てる、見るからに値の張りそうな抹茶茶碗が勧められていた。

「飲め」

普段はひとつひとつの所作を見せ付けるように派手に行うくせして、こういう時にはいっそ控えめで気取り無く流れるように運ばれる政宗の手指や足を、夢中で見ているうちにぼんやりしてしまっていたらしい。幸村はばたばたと音がするほどに首を振ってから、「頂戴致す」と手を伸べた。
翳った部屋の中で鉄釜の湯が沸く音だけが未だ響き続けている。
碗に唇をつけて啜る間、政宗はじっと幸村の様子を見つめて何も言わない。眼光自体は鋭いのだけれども、どこかただ無垢に相手を観察しているような幼さが見て取れて、幸村は菓子を口にしながら微笑んだ。

「政宗殿は、何か欲しいものがおありか?」
「What?」

特別な意味は無い。こうしていつももてなしを受けるのが自分ばかりであることに改めて気付いて、口にしたことだった。
政宗は真意を汲みかねて窺うように頸を微かに傾けて、それから言った。

「・・・お前の首。」

に、と笑う貌も、まるで無邪気なものでしかない。
嘘ではなく、ふざけているわけでもなく、そう言ってのける独眼竜だからこそ、自分が心を奪われたのだと幸村も知っている。

「それは、なかなか難しい。」
「Ha!簡単に手に入るようなもんだったらいらねえさ。」
「成程。」

飲み干した茶碗をそっと置き、深く頭を下げ結構なお手前で、と述べ、一拍おいてから膝と爪先で政宗へといざり寄った。

「誰かに奪られてくれるなよ。」
「無論。その言葉、そのままそっくりお返ししよう。」

互いの頬を滑るてのひらは、熱く、冷たく、そしてやさしい。首の横、薄い皮の下でだくだくとつよく脈打つ血の流れに触れても怯むことなく目線を絡ませたままの二人は、どちらからともなく微笑む。

「政宗殿・・・某、腹が減り申した。」

額を肩口に乗せ、声を出すと自然甘えるような響きになった。

「Ah?これだけじゃ足りねえってか?」

呆れたように言う政宗の首筋に歯を立てる。息を呑む音が触れ合った部分からさざなみのように、幸村の口内に流れ込んできた。

「・・・申し訳ない。」
「I see・・・そっちの腹か、ッ。おい、幸村、テメエが―」

乱暴に髪を掴みあげられ、瞳をぶつけられる。既に獣じみた光と潤いを帯びた蒼と鳶が、一騎打ちの激しさに似てせめぎ合う。

「テメエが今欲しいモン、言ってみな。」
「―あ、」

あまりにまっすぐ、見据えられて言葉が咽喉に詰まった。明らかに意図的に生み出されている艶やかな笑みとは裏腹に、その隻眼はおそろしいほど透っていて潔い。それに対して欲情している自分があさましく汚いものにさえ思えてくる。

「政宗殿、が。」

それでもはっきりと告げれば、満足そうに鼻を鳴らして、政宗は幸村の額に音を立てて口付けた。

「Good.全力でかかって来いよ。」


END 20070102