最初から最後まで


米の出来具合を見るために、一人忍んで辺境の村へ訪れたときだった。
白みを帯びてきた陽光を受け、金色にざわめく稲穂の海の中。深く木の年輪じみた皺が刻まれて肉は落ちているものの、まだ充分に健康そうな日に焼けた顔を上げて汗を拭う老人と、刈り入れた稲を大事そうに束ねて一息入れるべく働き通しの夫を手招く腰の曲がった老婆がいる。
青年は憧憬と、遠く知らない誰かと出逢ったような不思議な感情が入り混じった眸でそれをずっと眺めていた。

「いいねえ。」

やがて質素な着物を身に着けた奥州筆頭は、馬からひらりと軽やかに飛び降りると一直線に老夫婦のところへ向かい、一言「幸せかい?」と聞いた。
二人は見たことの無い人間におもむろに質問を投げつけられて多少驚いた様子ではあったけれども、すぐに頷いて笑った。笑うと、皺だらけの顔がくしゃりと揃って歪み、もとはまったくの他人同士であるはずなのにとても似通って見える。

「幸せですともさァ。」
「今年はほれ、見ろ!米もたっくさん採れた!戦もあったけど、田畑と体さえ無事だったら生きていけっし、幸せにきまってっさ!なあ?」
「はいィ。そりゃもう。爺様もアタシも元気だから、言うことなんかねェ。あんたはどうかね、若い人。お侍さんかい?」

下から、無遠慮というよりは人なつこい子供のように見上げられ、政宗はからりと笑った。「まあ、そんなもんだ。今、旅の途中なのさ。」

「そしたらコレ食って行くといい。」
「そうだなあ。食って行くといい。」

雑穀米の小さな握り飯だった。白い米など普段食べられぬ彼らの、いつもの、それでも大事な食事を目の前に僅かばかり逡巡したものの、断る方が失礼だとばかりに受け取ってかぶりつく。

「うんめえな。」

異国の言葉ではなく、素直にほろりとそう口にした。



「小十郎、手、貸せ。」

茶を飲みながら簡単な調子で投げつけられたその命令ともつかぬ呟きに、聞き返すよりも先に、まるで体が覚えこんでいるかとでもいう素早さでもって小十郎の無骨な手がずいと出された。
政宗の鋭い口角がまるく綻んで上がる。
そのままてのひらに乗せて、熱く乾いたそれを撫で、叩いて頷いた。

「俺もお前も年とったなァ。」

常に相手を睥睨するような鋭く細い目が細められるのを、隻眼に焼き付けながら。
街道に顔を出し、人に踏みつけられ続けた木の根のようにところどころ硬くなって荒れた指。刀の形を覚え、力に削られ、または盛り上がった皮膚。
全て、小十郎が政宗と共にあった証拠だ。

「そうですね。」

友でなく、伴侶でなく、親でなく、子でなく、兄弟でもなく、どうして傍にいるのか、考えてみればなんて奇妙なことなのだろうと、時々おもむろに湧き上がる想いがある。
主従だから?
その答えは近くて遠い。

「お互い、よくここまで生きてきました。」

どこか懐かしげに笑う小十郎の、手をもう一度握りなおす。
夫婦でもないのに、見えるずっと先。

もしこのまま運良く戦場で命を落とさずに生き続けて、しわしわになって年をとっても、ずっとこうしているだろう。
子供も孫も、たくさんできてる。
でもたまには二人だけで縁側で茶を飲んで、小十郎はお小言を並べる。
自分はそれを面倒そうに聞いて、まぜっかえしたりしてはまた怒られる。

「小十郎、幸せかい?」
「勿論。これを幸せと呼ばずしてなんとしましょう。」

そのとき幸せかと問われたら、間違いなく幸せだと、答えるのだ。
笑った顔は、そのうち似てくるのだろうか。


END 20070103



なつかしのチャー○ーグリーンのCMみたいな・・・。