花泥棒


これは誘拐だぞ、と政宗はすっかり暴れ疲れた様子で唸った。

甲斐に出向いて信玄公と会い、幸村と城の庭を散策していた時だった。
突然植木の中から伸びた腕は、あっという間に運悪く丸腰だった独眼竜を絡めとった。
捕らわれたことは勿論、常に自らの脚で歩き、また勇ましく馬を駆る奥州筆頭としては軽々と肩に担がれているのも余計癪なようで、しばらくは千切れるほどに四肢をばたつせ、お世辞にも上品とは言えない罵詈雑言を投げつけた。仕舞いには眼前に揺れる長い髪を掴んで引っ張ったが、持ち主ときたら「いてえなあ〜!」などと呑気に笑うばかりで聞きゃあしないのである。

「そんなに怒ンなよお、政宗。」
「なれなれしく呼ぶな!なんなんだテメー!殺されてえのか!?」
「あっは。そうカリカリしなさんな。折角の美人が台無しだぜェ?」
「だ・れ・が・び・じ・ん・だぁッ!」

こぶしで背を叩いてもびくともしない。
次第にぐったりしてきた政宗を、慶次はやさしく地に降ろした。

「あとちょっとだけ、辛抱してよ。」

そして今度は用意してあった馬に押し上げられ、懐に抱き込まれるようにして走る。
ここで騎手に攻撃を加えては抱えられている自分もろとも落馬しかねないので、政宗はそれなりに大人しくしていた。
風はまだ温かくなりきっておらず、じっとしていると冷える。馬に乗るときはいつもつけている手袋も、置いてきてしまった。(というより持って来れる暇があるわけもなかった)

「大丈夫かい?奥州ほどじゃないが、京もなかなか冷えるんだ。こんなのは花冷えって言うのかなァ。」

そう言って身につけている毛皮を、さりげなく片手で政宗の膝と手を覆うように手繰り寄せる。
拒むのは簡単だ。
けれどここまで来たなら使ってやろうじゃないか。
政宗はそれを握り、この逃避行を密かに受け入れた。



「これを見せたかったんだ!」

結局、数日かかって二人は京にたどり着いた。
久しぶりの自由を満喫し、獣の毛の心地良さに顔を埋めていた政宗は、気恥ずかしさを誤魔化すためにわざと少し溜めてからゆっくりと顔を上げる。
視界には、桜。見渡す限り、桜の並木。

「御所の枝垂れも綺麗だけど、やっぱ俺は染井吉野が好きだなあ〜!」
「・・・・・・すっげえ。」
「政宗、京の桜を見るのは、初めて?」
「・・・・・・初めてだ。」

奥州からしてみれば、京は本当に遠い。まるで幻にも似た都だ。
山に囲まれ、古くからの神社仏閣があちらこちらにそびえ、美しい女が多く、求める富と権力が在る夢の地。
生まれ育ったところから離れられずに一生を終える人々の中では、御伽噺じみて語られている。
こうして見ると実際、ひどく現実離れして見えた。

「・・・まさかとは思うが。」
「うん?」
「これを見せるためだけに俺をここまで連れて来たのか?」

そうだけど、慶次はしれっと言って、まったく悪びれる風もなく続ける。

「枝を折って来ようと思ったんだけど、それじゃあ途中で散っちゃうし、なにより桜が可哀想だろう?」

白い歯を見せて笑う顔は、天下一の伊達男であるはずの政宗さえもくらりとさせた。
陽気にあてられたような眩暈と幾らかの頭痛を覚えつつ、身を起こし伸び上がる。慶次のゆるく波打つ鳶色の長い髪をとって、今度はたしなめる強さで引いた。

「Ah〜・・・それは確かに言えてるが。・・・ものには限度ってものが「政宗、鼻、赤くなってる。」

鼻の頭に音を立てて口付けられ、政宗は叫ぶ。「気安く名前を呼ぶな!」
つっこむべきところは、まずそこなのかと慶次は首を傾げた。

「どうして?」
「どうしてもだ!」
「ワケわかんないよ。みんな呼んでるじゃん。政宗。」
「呼んでねえ!名前を呼び捨てにすんのなんかお前だけだこの無礼者!」

たまには殿様らしく、懐に忍ばせていた扇子で相手を指してみる政宗であるが、そんなことは慶次相手に何ら効果を発揮しない。
それどころか可愛いなあ、くらいの笑顔を返されてしまって、ますますいきりたった。

「まあまあまあまあ!ね、それ、本当?」
「なにが!」
「政宗のこと政宗って呼ぶの、俺だけって話。」

言った後にことの重大さを理解したのか、白い面にみるみるうちに血を昇らせる奥州筆頭を見て、慶次は大声を上げる。

「どうしよう政宗!俺、すごい花を”げっと”しちゃったね!」

馬鹿でかい図体を揺すって子供のように破顔するのを見ていたら、怒る気も根こそぎ奪われ(今日は体力も精神力も奪われっぱなしだ)政宗は肩を落として溜息を吐いた。
その溜息は、慶次の唇のせいで最後まで出すことを許されなかったけれども。

政宗が知る限り、こんなに強引な男は、自分以外では初めてだ。
でもまあ、Getの使い方は間違っていないので、好しとしよう。


END 20070106