恋の一幕


政宗は小さな毛玉と戯れている。
―もとい、小さな猿と遊んでいる。
寒い日と暖かい日が交互に顔を覗かせる春先、たまご色の太陽の光に照らされ、独眼竜は縁側で庭を眺めながら紫煙をくゆらせていた。
不意に懐に滑り込んできた仔猿のことも、薄い笑みを浮べて見止めただけで追い払おうとはしない。
ただ鋭い爪のはまった長い五指を丁寧に動かして、握り潰してしまいそうなほど小さく軽やかな体を撫でている。

「きぃー、きき?」
「Ah?これか?これは南蛮から仕入れた煙管だ。」
「き!キュー!」
「駄目駄目。危ねえぞ、「「夢吉。」」

足元に影が差す。
顰めた隻眼の先には、近くで見るとまるでそびえ立つように感じる大きな体躯、長い髪。派手な色彩と作りの着物を身にまとい、慶次が立っていた。
図体の割りにこういう時に気配を消すのは、意外にうまい。まったく気付いていなかったわけではなかった政宗も、距離の量り方には多少の誤差があったと小さく舌打ちした。

「来てたのか。」
「ウン!さっき、右眼のお兄さんにまつねーちゃんから預かって来た料理の・・・ええと、れしぴ?を、渡して来たよ。」
「なるほど。そいつァ、今日の晩飯が楽しみだ。」

先ほどの静かなたたずまいとはうってかわって、どたばたと騒がしい足音をたてて政宗の横に座りながら、夢吉に手を伸ばす。
が、夢吉はというと、余程政宗の膝の上が心地良いのかちらりとそちらを見やったきりで動こうともしない。「ふられた・・・!」慶次は呟いた。

「いいなあ、夢吉は。なあ、政宗、俺も膝に乗せてよ。」
「・・・Oh〜・・・nonsense.」
「え?なに?なに扇子だって?」
「阿呆かっつったんだよ。」
「阿呆じゃないって!・・・たぶん。」

政宗は隣でじたばた暴れる男に向かって奥州の冬の空気より冷たい視線をひとしきり送ってから、溜まった灰を煙草盆に落とした。
煙管と盆の灰吹きがぶつかる、かん、という音が、獅子威しじみた明朗さであたりに響く。

「それ、おいしいのか?」
「美味くはないが。」
「じゃあ、なんで吸うんだよ。」
「薬になるらしいって聞いたからな。あとは、気持ちのもんだ・・・っ?」

置かれた煙管を政宗の膝から身を乗り出した夢吉がつついているのに、一瞬気がとられていたのか、政宗が目線を慶次と合わせようとした頃には口が塞がれていた。
喋っていた途中だったものだから息を吸うのも吐くのも忘れてしまい、すっかり硬直しきった体を、慶次は無遠慮に抱き寄せる。

「ん、ン、ンン――!」
「・・・・・・たばこあじ。」

まだ触れ合うほどの距離での囁きは、濡れた唇を更に熱くさせるばかり。
政宗はくびすじを駆け上がる悪寒に似て非なるものを捻じ伏せて腕を振るった。

「いっだぁああああああああ!なんで殴るんだよ!」
「殴るにきまっとるだろうが!!!」

ここをどこだと思っているのか、家臣共が見ていたら流石に示しがつかないではないか。
再び巨体をやかましく悶えさせる慶次を一喝し、何事かと目を丸くしている夢吉を見下ろしながら溜息を吐く。
お前のご主人様はどうしてこんなに馬鹿なんだ?という無言の問いに、わかっているのかいないのか、瞬きを繰り返し小首を傾げる様が愛らしい。
自然と政宗の渋面が崩れ、笑みがこぼれた。

「可愛い・・・」

それを見て、慶次。
鉄拳、二発目。
政宗はそのまま勢いで慶次の体に馬乗りになり、鮮やかに唇の両端をつりあげる。
慶次はといえば、しばらく痛みに涙目半笑いという変な様相になっていたが、あとは政宗のなすがままに警戒心の欠片もなく仰向けに横たわっている。

「・・・政宗、ひでえなァ。」

声は喜色を含んでいて、まるで言葉通りには聞こえない。

「お前はやっぱ阿呆だな。」
「政宗はやっぱり可愛い。」
「・・・病気なんじゃねえの?」
「政宗に言われるなら、そうなのかもしれねえなあ。」
「Ha!重症だ。」
「恋の病は、医者にも草津の湯にも治せやしない、ってね。」

三発目はキス。
春の陽気にあてられたのだそうなのだと言い聞かせ、政宗は広い胸に身を預けた。


END 20070402