半分花


案の定、松永久秀を討った直後に政宗は熱を出してぶっ倒れた。当然のことである。大体あれだけの大怪我から回復したばかりなのだ。おまけに小十郎にも容赦なくボコボコにされた。それなのにこの遠路を単身特攻してきて戦線に加わったのだから、死なないほうがむしろ不思議だ。
囚われていた兵達も疲弊しきっている。このまま奥州へとって返すのはあまりにも強行軍すぎるというもの。

「あれェ?どうしたんだいこんなトコで。」

大仏は燃えてしまったが、天は政宗たちを見捨てなかったらしい。京に近いところで通りすがりのおせっかい人―もとい前田慶次と出会い、小さな宿を借りられることになった。

「たいしたことねえってのに・・・」

満身創痍にも関わらず、相変わらず強情な独眼竜は布団に伏せて養生するなどもってのほかだ、と意地を張る。
「じゃあどうしたら休んでくれるんですかい?」小十郎が困り果てて尋ねたところ、「そうだな、ここならいいぜ。」―政宗は眉根を寄せて難しい顔をする右眼の胡座の上へと落ち着いたのだった。

「何がたいしたことないですか。まったく・・・政宗様は本当に・・・」

無茶をなさる、と言おうとして小十郎は口をつぐむ。
今回ばかりは自分も人のことを言えた義理ではないと思ったのだろう、そのくちびるからおもわず苦い笑いがこぼれたのを感じ、政宗は悪戯っぽく瞳を輝かせながらここひと月で幾分か肉の削げ落ちた顔を覗き込む。

「成実も綱元も、呆れ返ってたぜ?実は一番聞き分けがないのは小十郎なんじゃねえかってよ。」
「・・・今は否定のしようもありませんな。」
「だろ?ッHa!・・・お前は・・・昔っからそうだもんな。」

一度キレると止められない。小十郎の中に宿る何かの、あまりに苛烈な熱と輝きは触れた手のひらからでも伝わってくることがあった。勿論それが直接政宗に向かうことは無かったし、これからも無いだろう。けれどその根元は、その引き金は、その心は、まっすぐ政宗に繋がっている。

「俺たちは・・・命知らず過ぎンのかもな。」
「まったくです。・・・あいつらには悪いが・・・俺ァ、政宗様のこととなると・・・」

政宗の指が小十郎の角ばった輪郭を撫でる。すこしばかりざりざりと引っかかる感触。宿に転がり込んでから主に付ききりで、あれこれ身なりを整えている暇も無かったせいだ。
そんな姿を見られることを、政宗は嬉しくさえ思う。完璧もいいが、そのままもいい。
つまるところ何だっていいのだけど、できることなら、要するにありのままをすべて。

「俺のこととなると?」

熱でぼんやりする頭と視界、そしてもつれる舌先を叱咤して小十郎を全身で追って捉える。
優れぬ主の体調をおもんばかってか、大きな手が額に触れた。心地良さに思わず溜息が漏れるが、まさかここでお話はおしまい、やはり寝床をしつらえようなど野暮なことは言うまいなと政宗は隻眼に力を篭める。
小十郎は無言のうちにそれを受け止め、薄く微笑む。
しばしの沈黙の間、いつもより若干速い政宗の呼気の音だけが妙に部屋に響いていた。

「―どうしようも、なくなる。」

低い呟き。
薄曇りの空が割れたのか、部屋の中が突然淡い黄白色に満たされ目が眩んだ。

「本当に、どうしようも。」

子供が父親の膝の上でそうするように、小十郎の手に手を絡め指を引っ張ったり握ったりして遊ぶ政宗のくびすじを、切実な音が打つ。

「お前、あん時泣いてただろ。」
「・・・いつのことですかね。」

しらばっくれているのではなく純粋に聞き返す声は、むしろ心当たりがありすぎてどれだかわからないとでも言うように微かな戸惑いを含んでいていっそかわいらしい。

「・・・・・・ま、いいさ。追求しないでおいてやる。」

言って左胸に頭を押し付ける。分厚い胸の奥から、突き上げる振動とささやかな音が伝わってきて政宗は目を伏せた。
刻む鼓動は触れる肌から浸透して、自分のものになる。
小十郎の腕がひときわつよく政宗を抱き締める。寝乱れた髪を武骨なてのひらが滑る。唯一の瞳にくちびるが落ちる。
皮膚や肉や骨に、見えもしない心という壁に隔てられた絶対の他人を、それでも限りなく近く愛しく感じられるなんて、なんという愚かさ、なんという幸福。
今回のことで思い知った。

「俺だってな、小十郎。」
「はい。」
「俺だって―・・・」

離れているなんて我慢できない。痛む体を押して馬を駆った。
あれは俺の半身、俺の半分だ。共に闘って、生きると誓った。
想うといつだって泣きそうになる。
一人でなんか、いかせるもんか。
そうだ、だから、本当に。

「・・・どーしようもねえなァ、俺も。」

唐突にけらけら笑い出した政宗を、小十郎は不思議そうに見ている。ただやはり、とても幸せそうなのだけは確かだ。

「俺達、どこまで行けるだろうな。」
「どこまででも。」
「どこ行くかな。」
「どこへでも。」
「Good・・・いい・・・答えだ。」

甘いまどろみに身を任せ、二人は歌うように囁き合った。


END 20071130