Love&Peace!


朝、上田城の門の前に二つの大きな樽が出現していた。
もちろん、昨日の晩に佐助が見た時にはこんなもの影もかたちも無かった。
それがなんだかやたらと気合の入った檜作りと思われる豪華な樽が二個、朝の爽やかな陽射しに照らされてつやつやと輝きを放っている。

「大きいのと小さいのがありますね。」
「うむ。何であろうか。」

訝しげに距離をとり、爆薬でも仕込まれているのではないかと警戒する佐助に対し、幸村は興味津々といった様子でたったと傍へ駆け寄ってしまう。

「あっ、ちょ、旦那気をつけてよ!?蓋とかいきなりあけない―「ん?何か言ったか佐助?」でってもう開けてるしー!?」

ちなみに幸村が開けたのは大きい方の樽の蓋だ。大きい団子と小さい団子があれば大きい団子を取り、大きいおにぎりと小さいおにぎりがあれば大きいおにぎりを取り、大きいお館様と小さいお館様あなたが落としたのはどっちのお館様ですかと問われれば大きくないお館様などお館様では無い!とドロップキックで挑みかかる幸村なのであるからして、大きい樽を選ばないわけが無い。
中から出てきたのは、

「Hey!真田幸村ァ!こないだは随分とウチの奴らが世話になったそうじゃねえか!Ah!?
この独眼竜が直々に挨拶入れに来てやったぜ!」

奥州筆頭伊達政宗御本人様であった。

「どうだ!?すげえIllusionだろう!」

しかも樽から出てきたくせになんだか偉そうかつ得意げ。
ちなみに彼がやったことはIllusionでもMagicでもないただの押しかけ、潜伏、並びに迷惑行為だ。
佐助としては、むしろその存在自体を“じょーく”として闇に葬ってしまいたいところなのだが、主の幸村と来たら「ままっ、ままままままま、ままま、まさまさまさ、まさむねどのっ!?これは一体・・・!」と心底驚愕したのちに感服している。
「まあ立ち話もなんですから・・・奥へどうぞ・・・」脱力しながら促せば、政宗は小さな樽を顎でしゃくって「土産だ。」・・・持てということらしい。

「今日は喧嘩しに来たわけじゃねえからな。」

それは本当のことらしく、政宗は優雅に門をくぐり堂々と敵地の城内へと進んで行く。
幸村としても政宗の訪問が嬉しくないわけはないので、いそいそと日当たりの良い広間へ客人を案内する。
座布団を引き、腰を下ろし、二人向かい合ってようやく気付くが、政宗は随分と痩せたように見えた。
幸村の脳裡に、あの時見た、力なく歪んだ青い陣羽織の背がおぼろげに甦る。

「小十郎から聞いたぜ。お前・・・」

そこで政宗の眉間にきびしく皺が寄った。

「余計なことしてくれたそうじゃねえか。」

そんなことを言いに来たわけでは無いのに、政宗のへそまがりぶりときたらここでもなお絶好調なのが困る。
なのに幸村は真面目に「申し訳なかったと思っている。」そう言った。

「だが、政宗殿が指揮をとられぬ伊達軍など、餡子の乗っていない団子のようなものだ!」
「Shit!団子とウチを一緒にすんじゃねえこのSweets野郎!」

政宗、怒鳴る。

「ならば味噌の入っていない味噌汁のようなものだ!」
「味噌の入ってない味噌汁は味噌汁って言わねえだろ!」
「あっ!そうか!」

幸村、考える。ひとときの沈黙。

「塩の「いいっ加減、食い物から離れろや真田幸村ァアア!要するに信玄のいねえ武田軍のようなもんだってことだろ!?」
「んなっ!な、な、そ、そんなのは認めぬううううあああああああああああ〜ッ!お、お、おおおお館様がおられぬ武田軍などぬぐはあっ!」

耐え切れずに政宗の拳が幸村の右頬にめり込んだ。どうもここに来ると共通語が肉体言語になってしまうのか、政宗は幸村と付き合うようになって(一応、決闘を前提にお付き合いをしているのだ。忘れていたが。)随分と徒手空拳での戦いにも自信がついた。

「・・・じゃあもっとわかりやすくふさわしい喩えを教えてやろうか。
俺からしたら、炎の消えた真田幸村―槍を失ったお前みてえなモンだ。
―そんなのはつまんねえだろう?」

座したままの幸村の前に仁王立ちになり、政宗は不敵に笑ってみせる。幸村はしばし考え込むそぶりを見せ、こくりと頷いた。

「うむ。つまらぬ。・・・政宗殿のおらぬ伊達軍など。政宗殿のおらぬ戦など。政宗殿のおらぬ―世界など。某には考えられぬ。」
「・・・・・・Ha!?あ、ばっ、ちょ、てめっ・・・またそういうっ・・・!?」

膝をつき伸び上がった幸村の手に腕を捕られて引き倒され、政宗は自分よりは幾らか小さい、けれど無駄なく鍛え上げられた体躯に包み込まれる。「やはり、すこし軽くなられた。」耳に吹き込まれる熱い息に頭が痺れ、隻眼が潤む。

「また全快されたら、戦いましょうぞ。」
「・・・ん・・・」

首を縦に振ったそのままに額を眼前の胸板にこすりつけ、顔をうずめる。そんな政宗の甘えた仕草に、幸村は笑みを浮べてくちづけを落とすのだった。

ところでその後ろでは茶を持ったまま立ち尽くす佐助の姿があるわけで、そもそもその会話の発端と本題はなんだったんだと小一時間問い詰めたいわけで、父さん、上田は(ていうかこの城のこの部屋は)秋だと言うのに猛烈に熱いわけで、その手には一枚の書状が。差出人は片倉小十郎。

『真田幸村へ。先日の礼だ。この借りはいつか返す。
あと政宗様に何かしやがったら即・極殺。』

小さな樽には小十郎が丹精こめて作った糠が敷き詰めてあり、彼の畑で採れた野菜たちが最高の塩梅で漬け込まれている。
佐助は思う。
俺はもう何も見なかった。あとは愛し合い殺し合う赤いのと青いのが日本全土を巻き込みつつもなんとかしてくれるでしょう。
なんだっていいよ。だってあの二人、ホント幸せそうなんだから!


END 20071202