アルファ、オメガ。


指、腕、脚。瞳、髪の一本一本、細胞の一個一個さえ、歓喜して咆哮する。
胸が得体の知れない炎で満たされ溢れて破裂してしまいそうだ。
蒼白く立ち昇る光。体温が伝わる。気配がする。
全身が総毛立ち、見えない力に引っ張られているような感覚に背筋が震える。

あのひとは、なぜ俺を呼ぶのだろう。

矢傷、銃創、既に故障寸前といった有様の体躯が奮い立つのがわかる。
ゆっくりと流れの速さを落とそうとしていた血流が、再度冷えた指先に通うのがわかる。

あのひとに、なぜ俺は呼ばれるのだろう。

止まれば、必ず捕まると思った。
あと少しでも長く目を見つめていたら、腕を伸ばすと思った。
敵だ味方だと判断する前に本能が独眼竜を射した。五官が彼だと騒ぎ立てた。
危うく霞みそうになる視界の中で、その青はあまりにも明瞭に俺の真ん中へと届く。
何もかも忘れて走る。
そこに、目の前に、手を伸ばせば触れられそうな距離に竜の背があった。
もともと自分は頭より体が先に動いてしまう質だからとか、深く考えることが苦手だとかそういう問題ではなく、言葉などでは追いつけない。
彼の背にも、今にも、今の俺の気持ちにも、追いつくはずがない。全てがうしろへ飛んでいく。走っていく。息をするのさえも追いつかない。
なにも、―なにひとつ。この気持ちに、追いつくものか。
お守りは御免だ、そう言ったくせに一つしか無い瞳を俺に向ける。
此処は戦場、あらゆる音と熱が交差し入り乱れる場所。
誰もが自分のことだけで手一杯、生きることで精一杯。
それなのに俺だけは、

「政宗殿!気をつけよ!囲まれている!」
「こンくらい、どうってこたねぇ!」

俺たちだけは、繋がっていると、思ってしまうのは間違いなのか。

「行くぜ真田幸村!」

そのくちびるは、三日月に笑う。
こんな日が来るとは思っていなかった。来なくても良かった。
知ってしまった。共に在ることを。
燃え盛る火焔など最早なまぬるい。体の中のきらめく熱が四肢を貫き何かを求めていて、
だけどそれが何かなんてわからない。
そんな風に笑わないで欲しい、俺は馬鹿なのできっと勘違いをする。
振られた手に応えて、頭を下げた。背を向けて歩き出す。
それぞれに、居場所がある。帰らなければならないし、振り返ってはならない。
過ぎる闇夜の月、夏の空の青。白銀に輝く六本の爪。
切り刻んで、へし折って、屈服させてやりたい。欠片も残らぬほど、奪ってやりたい。
彼を制するのは俺だ。俺以外にありえない。
互いに、そう信じていた。

腕を伸ばしてはいけない。
きっと、絶対に戻れない。

それでも疾走する胸の高鳴りは恐怖さえ凌駕して、俺はもう一度その背を追う。
驚愕に目を見開き身を翻す独眼竜の手を取り抱き締め肺に溜まった熱塊ごとぶつける。


はじめてのくちづけは、刃の交わりと等しいくちづけだった。


終わりだ。なにもかも。
もう二度と戻れない。



全てがはじまってしまった。



END 20071205