デリシャス


なぜ同じものを使っているのに違う味になるのだろうと思う。
政宗は椀をじっと見つめて、鼻をひくひくと動かした。

「どうしました政宗様?塩辛かったですか?」
「そうじゃねえ。相変わらずお前の味噌汁は最高だぜ小十郎。」
「は。ありがたきお言葉。」

よく水にさらしてあるごぼうは、ほんのり土の香りがして歯ごたえが良い。太めに切ってある葱はそのまま入れたものと一度火で炙って焦げ目をつけてあるものが半分ずつという凝りようだ。いちょう切りにした人参、大根、これらは全て小十郎の畑でとれたものである。(きのこは山で採って来た。)

「俺とお前の、やっぱり味、違うよな。」
「そうですね・・・違うと思います。」
「Why?他の奴ならともかく、俺は小十郎からも料理教わってるだろ?
なのに違うって、不思議じゃねえ?」

喋って再び椀にとりかかる政宗の鼻先が湯気にぬくめられて赤くなっている。小十郎はそれを密かに可愛らしいと思いつつ、政宗が作った野菜の炊き合わせを口へ運ぶ。
そして政宗の言うことに納得したように頷いた。
根幹が似ている分、余計にそう思うのだろうか。自分が作ってもきっとこういう味にはならないし、作れと言われても作れないだろう。

「俺の方が、田舎臭い味ですね。」

言って微笑むその顔は、戦場であれほど怖れられている竜の右眼の印象とは程遠い。
光をも断つというと言われるほどに凄まじい剣を揮い、咆哮すれば味方までもがすくみ上がる鬼のような男が、この小さな野菜たちを慈しみ育ててこうして美味しく仕立てているのだと思うと、政宗の口元も緩んでしまう。

「田舎クサい?Far from it!じゃあ何か?京の方の甘ったるい味が本物か?俺は御免だね。あんなのDessertの部類だろう。」
「確かに・・・あれは俺も平らげるのがやっとでしたな。」

西の味噌は東や北のものに比べると色が白くて甘い。
二人とも、こんな味噌汁ではせっかくの朝餉も台無しだと嘆いたものだった。

「小十郎になら『毎朝俺のために味噌汁を作ってくれ!』って言えるな、俺は」
「それはそれは・・・政宗様が御所望ならばこの小十郎、毎日気合入れて作らさせて頂きますが。」

言い合って笑う。
冗談のような本気のような。まあ今でも何日かにいっぺんはやっていることだ。
今日は一気に冷え込んだので、流れ込む汁が臓腑をこころよく温めてくれる。
政宗は慣れ親しんだ味にひとしきり舌鼓を打ち、食べ終わった途端に小十郎のくちびるへと噛みついた。

「腹はいっぱいになったのでは?」
「Dessertだよ。」

すると、あの甘い味噌汁と同等の扱いなのですかなどといささかふてくされた返事が。思わぬ反撃に咽喉奥でくつくつ笑いながら、もう一度政宗は自身のくちびるを小十郎の左頬の傷痕へ押し付ける。

「そういえば知ってるか。小十郎って小十郎の味がするんだぜ。」

速まる呼気の下から政宗が言い、己の胸元を探る手の一方を引き剥がして指を舐め上げた。

「それはまた随分とまずそうな・・・一体どういう味なンだか。」

それ以前に、他の誰かの味を知っているのかと問いたい。そんなささやかな嫉妬を胸に、小十郎は灯りを受けて冬の星空のような艶を湛える主の黒髪を指に絡め、深く息を吸った。
仕返しとばかりに耳朶を食まれ、くびすじをつよく吸われて政宗の肩が跳ねる。絡まる帯も乱れる裾も邪魔だけれど、それをのける暇も惜しい。
息をするようにくちづけて、すこしの隙間も許さないと身を寄せる。

「俺はGourmetだからな。」
「そしていつも腹ペコですね。」
「Ya?いっぱい食うと、成長するんだぜ?」

お前に追いつけそうもないのがムカつくけどな、と政宗は小十郎の隆起した肩の肉に噛み付いた。

「まあ、独眼竜をこうも頻繁に頂いてたらたくましくもなりますよ。」

小十郎はしれっと言って、ひといきに紅く染まった眼前の頬を舐める。
政宗のくちびるはただ「残さず食えよ、このエロオヤジ。」とちいさく動き、あとは甘い甘い吐息をこぼすだけとなった。

「ええ。美味しく、残さず、頂きます。」


END 20080506