Name of Love


未だ政宗の肩の傷は癒えない。白い単衣から覗く仄白い肌を、更に不自然なほど白いさらし布が覆っている。
幸村の胸に開いた穴も、刃がそこに残っているかのように痛む。

「政宗殿・・・ッ、」

語尾が戦の最中のように低く掠れるのは、どうしようもなく昂っているから。
目を開きそこにいる人を見た時、夢か現かの区別も満足につかない、生きているのか死んでいるかもわからなかった。けれど触れてくる政宗の手が泣きたいほどに温かかったのだけは確かだ。

「ハ!あ、ぁアっ、く・・・、」

長い間眠り続けたために些か弱り肉の削げた幸村の体躯を、政宗は悔しげに何度もこぶしで叩いた。
壁によりかかった幸村の胡座を跨ぐ彼も、以前よりは少し痩せたように見える。

「ちゃんと食べておられましたか?」
「たりめー、だッ。」
「このような有様では某がすぐに追い越してしまいそうだ。」
「ほざいてろ・・・そンなの、一生・・・ムリ、っ、だな―ァ、んんっ!」

汗みずくの裸身が跳ねた。ふくらはぎから爪先に力が入り、伸びる。震える指先がどこを掴めば良いのかと惑うので、幸村は手を差し出しかたく握り締めた。
てのひらが触れた瞬間、政宗の愁眉がほどけて、今度は涙を堪えるかのようにしかめられる。
幸村にはそのこころ内が手に取るようにわかった。
彼は自分の甘さを、身勝手さを責めている。
でもそう思っているのは政宗自身ただひとりであって、他の誰も彼を責めやしないだろう。

(佐助は―少し、怒るかな。)

ちらりと日ごろから苦労をかけ放題の忍の顔が頭を過ぎるが、今没頭するべきはそちらでは無い。

「?ゆきむ、ぅ・・・・・・っ・・・ふ・・・」

息を奪い、思考を喰らい尽くす。物言いたげな隻眼を、ただ自らのみを見るようにと縫い止める。
ともに思う様には動かせない体をぶつけ、たどたどしくも乱暴に求め合った。
二人の境目が判然としなくなるまで、ずっと長い間。ひたすらに抱き合った。



「政宗様。」
「あ、ああ、小十郎か、どうした?」
「いいえ・・・。あまり夜風にあたっては傷に障ります。どうか中へ。」

心細そうに縁側に腰かけて傾いた満月を眺める主の肩へ自らの羽織をかけながら、小十郎は優しく促す。
つい先ほどまで幸村に抱かれていた肩は、まだあの紅い炎がまとわりついているように熱かった。
痛い。苦しい。辛い。
かつて経験したことも無い恐怖がそこにある。
独眼竜にしてみれば勝利しなかったということは敗北と等しく、このような無様な体を曝していることは死んでいるも同然とさえ思える。

「なのに―」

政宗は未だ握力の戻りきらないこぶしを握って歯噛みした。

「こんなにも、」



「佐助。」
「なァにぃ〜?」
「政宗殿の肩は、もう上がらぬのか。」
「・・・さあ?そのうち治るんじゃない?」

佐助は姿を見せようとしない。やたらと平坦な声だけがどこからともなく響くだけだ。
昏い庭を見つめたまま、幸村は苦く唇を歪めた。

「お主がそのようなことを言うとは・・・。俺が気付かぬとでも思ったか。」
「・・・・・・」
「貫いたときから、わかっておった。」
「・・・・・・・・・」
「これで独眼竜は、俺のものだと。俺の手で傷つけて、俺を傷つけたことに枷がれて、動けなくなると。」
「・・・真田の旦那が、そんなこと考えるって?冗談。」

乾いた嗤い声には諦めにも似た色が混ざっている。
幸村の政宗に対する想いの強さは、人の想像し得る範疇を遙かに飛び越えてしまっていた。
狂気と言えばそうかもしれない。
でも彼は、彼と独眼竜は、この戦乱の世において誰よりも正気だと、佐助は思う。

「政宗殿に再び会って、俺は何も言わなかった。―言えなかったのだ。慰めも、労わりも、あれの前では無力すぎる。」

互いの傷痕、互いの命。
繋がってはいけなかった。

「生きていることを、これほどに幸いと感じたことは無い。」

その感情を、きっと知ってはいけなかった。

「あの人を、傷つけて、壊して、なのにこんなにも―」






「「嬉しいなんて。」






END 20090507



1と2の間のお話。