お願い(小十郎×政宗)


こわいと思ったことはない。
つらいと思ったことはない。

かさついた掌と剣肉刺でごつごつとした太い指を幼い頃そうしていたように握る。
一拍置いてほんの微かな力で握り返してくるその瞬間が好きだ。

視線を合わせることはない。
言葉を交わすことはない。


戦の前、僅かな間の静寂。


今だけ借りる。
お前の優しさ。
お前の剛さ。
その口付け。


全てが終わったら、ちゃんと返すから。


060727











小十郎×政宗

予感というものは誰にでもあるだろう。虫の知らせと云う生易しいものではなく、なぜか自分の中で絶対のなにかが起こるであろうと大樹のように重く確かなものが育っている。具体的なものではないにしろ、その感覚は他人がどう言おうと存在する。今晩もそうだった。起こったから言っているのではない。起こっている最中だからだ。最中だというのに、やはりと冷静に思っている己がいるからだ。政宗様はいつもどおりふらりと長屋にやってきて当たり前のように私が食後の茶を啜るのを眺めていた。けれどもいつもと違って無言だった。思考の無言では無く、ぼんやりとしていた。月の光に中てられたかのように蒼褪めた顔をして、夜露に濡れた白い桔梗を思い出した。政宗様、どうなされました、硬く言うと隻眼をようやく上げてうん、上の空で応えた。こんな政宗様を見るのは久しぶりだった。けれど以前は尋常ならざる事情があったからで、今回はそういったことは思い当たらない。せいぜい先の真田幸村との対決で俺が怪我をしたくらいだ。政宗様に怪我が無くて本当によかった。政宗様はもう一度俯いて、それからやっとこちらをあの細く鋭い眼で見据えた。こじゅうろう、とその唇は動いた。次の言葉のせいで残念ながら音は忘れた。


「俺を抱け。」


060731











慶次×利家

くちづけをしてやった。結構歳食ってるはずなのに、日に焼けてるはずなのに、なぜかふっくらやかわかいそのくちびるに。利はばかみたいに目を丸くしてこちらを見上げている。少し前、叔父のくせに利は俺より小さい。と、言ったらお前がでかくなりすぎなんだ!と子供のように頬を膨らませて言い返された。そうだ。今ではすっかり俺のほうが大きい。利を抱きしめられる大きさになった。ねねはとても小さくて抱いたら壊れそうだといつも思っていた。だからこれはねねに対する感情とは違う。きっとぜったい違う。利はまだぽかんとしている。俺は豪快に笑ってやった。
「どうしたよ利、いつもの悪戯だよ。ほら、怒れ怒れ!」
思い出したように利はこらあ慶次ィ!とこぶしを振り上げた。俺は一目散に逃げる。わきめもふらずに。この情けない顔を見られないように。

060810











市×政宗

天下統一においてさしての障害になるとも思えなかった。だがはじめから浅井長政よりもその妻の方がにおったのは確かだ。得体の知れない陰の氣に政宗は眉を顰めたが、二三撃剣を打ち込んだだけで彼女は悲鳴を上げ膝をついたので取り越し苦労だったかと思う。その刹那だった。彼女の手が組まれぎょろりとその両の目が政宗を捉えた。同時に足元にしみのような黒い点が現れ一気に増殖する。
「What's…!?」
飛び退る間もなく政宗の身体に黒い手が絡みつく。夜の闇よりなお昏く、死人の肌よりなお冷たく、厚みのない紙のような手が無数に伸びる。鎧の上からにも関わらずはっきりとわかるその温度と感触に政宗は身震いをして抗った。身の髄がぬきとられるような奇妙な感覚に吼える。市はそれをじっと、あのねっとり粘りけのある穴のような瞳で見つめながらつぶやいた。

「あなたなんかが、なんで生まれてきたの。」

政宗は一瞬その言葉の意味を取り逃した。正確には反射的に心が拒んだのかもしれない。言葉として理解してはいけない。そんな言葉だった。

『お前などが、何故生まれてきたのか。』

黒髪の、美しい貌をした女に。
いつか同じことを言われたことがある。
政宗は凍りつく。猛々しく睨み返しているはずの双眸さえも巻き込んで。
市は更に氷の塊を叩き壊すが如く句を次いだ。

「あなたなんか、死ねばいいのに。」
「う、が、ああああああああああああああ!!!」

竜の誇り高く強い輝きの虹彩にひびが入ったのを見て、市はうつむき肩を揺らしだした。最初は涙を堪えているかのような細い声とともに、けれど次第にそれは大きくなる。

「く、ふふ、・・・ふふふふ、あははははははははははははは!!!」

―是非もなし!

最後に打ち付けられた聞き覚えのある言葉を聞いて、政宗はああそうだったと思う。こいつはこっちの世界のおんなじゃなかった。あっちがわのおんなだ。彼岸のものだ。これは母じゃない。母上じゃない。ぜんぜんちがう。ははうえじゃない、ははうえ、ははうえははうえ、ははうえははうえははうえ―

ごめんなさい。

崩れ落ちる青年の唇からこぼれた言葉に、市は再び嗤い始めた。

060811











政宗&元親

日陰でぼんやり釣り糸をたれていたら横にどっかと座った奴がいた。奥州の独眼竜だ。俺に負けた時に「好きなものを持って行け」と言ったから俺は竜の体を頂いた。
「体って夜伽の相手をしろってことじゃねえのか。」
突然の言葉にぶふぉあ、と俺は飲みかけの水を噴き出した。そんなつもりはない。というかなかった。え、なんだそれ、やった方がいいのか?ここはひとつ男らしくそういうことをした方がいいのか?やべえよくわかんねえどうしよう助けて信親!
「フン、お前がしたいってんなら、喰ってやってもいいぜ?」
よかった、偉そうに言えた。が、独眼竜は波の狭間に閃く光の宿った瞳でじっと俺を見返して、それも面白いかもな、と呟いた。
「あァん!?てめえ、その言葉忘れんじゃねえぞ!?」
びっくりした勢いで凄んでしまう。今のどういう意味なんだよ。なんなんだよその顔。胸が痛い。ばくばくする。熱中症か?いや違うし。ちゃんと日陰で水も飲んでるし。
「お前、なんで俺なんか連れてこうって思ったんだよ。」
その問いに俺は、困ってるくせにすぐに答えた。
「綺麗だったからだ。」
昔から好きだった。集めるのが好きだった。綺麗なもの、かわいいもの、きらきらしたもの。…恥ずかしいからもうやめたはずだったけど。これならばれないと思って。俺の答えに、竜はふうんと馬鹿にした笑いを浮かべることもなく鼻を鳴らして俺の顔をまじまじと見た。いや近い。近い近い。
「お前の方が綺麗だと思うけどなあ?」
俺はもう死んでしまいそうだ!

060814