小十郎×政宗

ひい、ふう、みい、よ、
指で示しながら数え始めた剛健な体の傷跡はけれどもあまりに多すぎて、すぐに政宗の戯れは頓挫した。褐色に焼けた肌より一段明るい裂傷の痕はあの時ちらついた脂肪の白さに似て怖気を催させると同時に愛しさも喚起する。そこだけつるりとした薄い皮に覆われている部分は、撫でると神経をより近い部分で触れられているような感じがするのだが其れは政宗も知っていることだった。帯を解いて己の体を見遣る。男の幼稚な自尊心からかもしれないが、刀傷は戦の功績を現す勲章だと思えても疱瘡が肌を侵した跡はどうにも疎ましかった。じっと見つめていると、不意に小十郎の指先が落ちる、のかと思いきや僅か手前で止まる。だというのに政宗はふるりとちいさく体を揺らす。体と、体の痛みと、その記憶が小十郎を求めている。眼帯の下が、どうしようもなく疼いている。


061001











奥州ねこのくに小政

雨の日の城内は隠し切れない緩慢な空気が漂っている。種族の性質上どうにも皆湿気には弱いのだ。特に純血種はそうである。身分が高い者の方がそういった特徴が顕著に現れる。
今日は冷たい雨、政宗にとってもっとも疎ましい日であった。
「政宗様、何をしておられるので。」
政務に励まねばならないはずの主君は先ほどから小十郎の尻尾をつついたり引っ張ったりばかりしている。たんびにぴこぴこと跳ねる見事な艶の雉虎の尾は先端が緩やかな鍵状に折れていて、そこを指の腹でこすってやると耳がぴんと張る。その様は密かに政宗の気に入りだった。
「べつに…、」
呟く政宗の仕草も言葉の切れもいつものそれでは全く無く、小十郎は小さく嘆息した。
「お休みになられますか。」
うん、と言うわけがない。伊達の殿様は猫族のくせに日中寝転がるということを滅多にしないので有名なのである。彼の中のルールは絶対で、そのようなことは小十郎も十分に承知していた。
「できるわけねえだろ…仕事が…わあっ!」
軽々と体を引きずり上げられて政宗がたどり着いたのは小十郎の胡座した足の窪みだった。あつらえたようにすっぽり尻がはまり込んでもがく間もなく後ろから抱きしめられる。
「このままならば構わないのでは?」
「……Ah〜…そうだな。…まあ…うん、構わねえ。」
言いながら少し微笑む。考えてみれば、否考えずともわかることだった。この鋼のように強靭な肉体と精神を持つ男といえどこんな日はどうにもならない。しょうがない、甘えさせてやるぜ、などと精一杯威張りながら、政宗は小十郎の懐ですぐに眠りに落ちた。


061006











佐助&幸村

俺、猿飛佐助は溢れんばかりの時間外労働を要求されて本日も絶賛睡眠不足であります。なのにうちの旦那ったら朝からぎゃんぎゃん煩いったらありゃしない。あの服はどこだだの甘いものが食べたいだのホントそのくらい自分でやりなさいよ!え!?なに!?髪!?寝癖!?じゃなくて?絡まった?はああ〜。じゃあもう切りなよ…と言いたいけど残念ながらあの一見墨色で日に透かすと榛色の長い髪は俺も気に入っている。それを梳くのは絶対に俺の役目と決まってるわけ。誰にも譲らないよ。髪を梳いている間は旦那も咽喉や腹を撫でられている犬みたいに目を細めて大人しくしているから、好きだ。と言ったら大人しくないときは好きではないのか、と真剣に残念がられた。馬鹿だねえ旦那。いつだって好きだよ。好きだけどたまに腹立ってるだけだよ。それでそんな自分に余計に困っているだけ。まあそういうわけで今日はこの三つ編でいっちょお館様に殴られてきてください。


061009











半兵衛×小十郎(×政宗)

秀吉とは違うが君もなかなかの体つきをしているじゃないか、と薄く微笑んでやるとこの変態が、と心から厭そうな顔で吐き捨てる。そういうのも嫌いじゃない。でも残念ながら、彼の装甲ともいえる肉体は傷に覆われ、陣羽織は既に襤褸布に化してしまっていた。土の香りが漂ってきそうな日に焼けた褐色の肌に赤い線が幾つも走っていてそれが僕をとても満足させる。勿体無いよね、こんなものをあの暴れるだけしか能の無い坊やに使わせるのは。まだ折れない闘志を刃に彼は飛び掛ってくるけれど、そんなに血塗れになりたいんだったらしてあげる。その貌を苦痛に歪ませて、立派な体躯が地面に這い蹲っているのはみっともないけれどとても綺麗だろう。そして僕を愉しませてくれる違いない。思いながら剣を引けばまた鮮やかに血の華が咲いた。ぐうっ、という獣のようなくぐもった呻き声。飼い慣らしてみせる。そのための僕なんだから。わかるよね。
さあもう一度。
「まさむね…さまっ…!」
唇がもう二度と主の名を呼べないように。完膚なきまでに叩き潰してあげる。


061015











たぶん小政

目が覚めるとそこには見慣れた強面が―普段とはうってかわった安らかな面持ちで眠っていた。小十郎が主より寝坊することはとても珍しく、だからこそ政宗は何か勝ち誇った気分になってその寝顔をじっと見つめた。小十郎の顎にはあと少ししたら剃り落とされるであろう黒い髭が顔を覗かせていて、政宗はそれを見て自分の顎を擦ってみる。年齢のせいなのか、それとももとよりの差なのかどうもあまり体毛が濃くないので髭もあまり伸びなかった。うってかわって小十郎は朝綺麗に整えたとしても夜更けには既にその肌の感触は違ってきている。別段だからといってどうということはないのだが、余計なところまで負けず嫌いな政宗にとってはあまり面白くはないらしい。見るのに飽いて角ばった輪郭を指で辿ると指先にひっかかって痛い。小十郎の瞼が小さくふるえた。そろそろ目覚めるのだろう。政宗は一層身を乗り出して舌でざらりと舐め上げた。そしてお前のこんな顔を知っているのは俺だけだな、とちいさく笑った。


061018