幸村×政宗

その腹に大きく爛れて固まった傷痕を見た。
指を添え、ゆっくりと爪を立てると、ふと頭上で笑う気配がする。
「力の加減がわからず、昔付けた傷です。」
吹き出し流れる炎をうまく絶てず、熱された槍先が皮膚を焼いたという。
「痛かったか。」
「痛かったというより、驚いて泣いてしまったのだが…」
情けないことでござる、と人懐こいまなじりに皺が寄って、幼い顔が余計に幼く見えた。
「慌てて某を抱いて走る佐助の着物を汚したことが、とても申し訳なかった。」
「………」
「あ、だが、治療の間は涙も出さず、声も上げなかったと誉められましたぞ!って痛い!どうして殴るのでござるか!?」
「よくわからねえがなんかむかついた!」
「!?!?―ッ!?」
政宗はそのまま逞しく凹凸を刻む腹に舌を伸ばす。それは知らない話。自分の知らない、幸村が経験し、他の誰かは知っている何か。
「政宗殿……、」
竜のおとがいに手が伸びる。気まずそうに揺れる隻眼に更に幸村の笑みが深くなる。
「焦らずとも、全て差し上げるというのに。」
傷痕に突き立てられる歯の感触を味わいながら、幸村の節立った指が眼帯を毟り取った。


070210











まさむにゃ(小政)

小十郎は大きな櫛で主の尾を梳きながら言った。
「少し毛づやが悪くなっておられるが、きちんと寝ておられますかな。」
返答は無く、尻尾が大きな手を逃れて不機嫌に一度揺れたきりだった。常日頃は水に濡れた烏の羽などに喩えるのさえ勿体無いと小十郎が思うほどに黒く、ぬめるような輝きを持つ政宗の毛並は少しばさついてへたっている。
「誰のせいだと思ってんだ…!」
一方雉虎模様の毛は驚くほどに艶やか。政宗は憎々しげに呻いて、その尾を若干強く握った。
「はて。誰のせいなのか。」
負けずにがしがしと櫛を動かし首を傾げておきながら、小十郎の唇は意地悪く歪んだ。
「小十郎!」
俺は“これ”が嫌いだ!と、主が叫んで硬い歯から尾を引く。
腹心いわく、しかし政宗様、舐めて良いのは夜だけだったのはありませんか?


070301











慶次×政宗

「お前、髪長くて鬱陶しくねえか?」
縁側に片手を枕にして寝転んでいる慶次を見て、政宗が口を開いた。頭は手の届かぬところにあるというのに、うねる茶褐色の髪の一房は白く尖った政宗の爪先に触れようとしていた。意志のある生き物のようだと思い、指に絡めるとするりと逃れる。視線を上げれば慶次の顔が間近に迫っていて、少し瞠目する。
「慣れると、そうでも無いもんさ。逆に短くしたら落ち着かないと思うよ。」
「そういうモンかねえ。俺は切った時、すっきりしたけどな。」
再びてのひらにそれを握り梳きながら放たれた政宗の言葉に、今度は慶次が目を丸くした。
「え!なに!政宗、前長かったの!?」
「昔だ昔。政宗になる前だ。」
梵天丸時代のことらしい。
「えええ〜。そりゃァ、見たかったなあ。」
心底残念そうな声。
「きっと長い時も綺麗だったんだろうね。」
伸ばされた手が今は適当に切りっぱなしにしてある頭髪を滑る。心地良さに漏れそうになる吐息は押し込めて、はいはい、と唇の端を引き上げた。


070306











小十郎×政宗

「俺が乗りこなせるのは暴れ馬だけじゃねえって証明してやる!」
「そういう下品な物言いはお止め下さい。」
幸村のことをすぐ顔が赤くなって眠くなるお子様だと笑っていたのは一体誰だったのか、小十郎からしてみれば顔色ひとつ変えず気付いたら泥酔(しかも絡み系)している主の方が余程に質が悪い。見事な脚線美とは裏腹にとんでもない剛力でもって繰り出された足技を食らい、小十郎は床に仰向けに倒れていた。胴に跨っている政宗は上機嫌でその逞しい胸板に口付けを落としたりしていて、手に負えない。
「たまにはされんのもいいだろ、小十郎。」
このままでは正直、食われかねないかもしれない身の危機を目前に、しかしそこはさすがの独眼竜の右眼である。
「そうですね。政宗様の仕掛けた戦ならば、この小十郎も遠慮なく応じれるというもの。」
薄く唇を歪めて呟くと、政宗の腰を鷲掴んだ。


070309











佐助×政宗

額から顔を覆う鉢金をとった姿を見て、政宗はそれが“彼”だということに気付くのが一拍遅れた。その、目に焼きつくような鮮やかな髪の色が無ければ、今もそのままに誰何を続けていたかもしれない。
「猿飛?か。」
「お〜、よくわかったねえ。竜の旦那。」
忍であるならばそれは不名誉なことではないのだろうかと思うが、そもそも隠す気もあまり感じられないのでそのまま話を続けた。
「お前って、そういう顔してたんだな。」
「惚れ直した?」
「死ね?」
「…疑問系で返されても…」
「惚れてもいないのに惚れ直したってこともねえだろうがよ。」
「あ、それちょっと厳しい。俺へこんじゃうかも。」
「Ha!」
肩を大袈裟に落としてみる佐助と向かい合い、意地悪く唇の端を引き上げながら、政宗は橙に閃く髪をかき上げて、普段は泥化粧に塗れている面を確かめる。鼻筋を指でなぞり、てのひらで頬骨のかたちを辿る。咽喉の奥で密やかに紡がれる笑い声に、佐助は片目を眇めて応じた。
「いいのかねえ。俺に見せて。」
忘れられないことを求めているのを知っているのか知らぬのか、俺の左目は一度見たモンは忘れねえんだぞ、とささやかに言う独眼竜の体を、佐助はつよく抱きしめた。


070315