元親&政宗

ときどき鏡を見ているような気分になる。
造作が似ているわけじゃない。ただふとしたところが、とても。
眉間というよりは鼻のつけねあたりに皺を寄せてから笑うところとか、目を細めるときのまなじりの神経質そうな肌理の感じとか。そういうもの。
「なァに見てんだ。」
至近距離で正面から向き合うと、一つしかない目がぴったり重なる。一つしかないっていうか、俺はこいつのもう片方の目がどうなってるかってのは聞いたことが無い。あるのかないのかよくわからない。
「お前こそ。」
歯を剥いてみせるその笑みも、ずっと前から知っているみたいに馴染んでいた。同時にどんと互いの肩を叩く腕も。…悔しいが、上背がある分向こうの肘の方が曲がっている。
「この酒、うめえだろ。」
「ああ。いい味だ。」
「なんかさ〜、なんで俺らこんなまったりしてんだろな。」
「俺がききてえよそれは。」
「はっは、だよなあ〜。」
小十郎が「ああいうガキは見覚えあるな」と呟いていたのを知っている。俺は一つしかないものが好きだ。誰かと似ているのは嫌いだ。なのに不快じゃなかった。
「ウチの奴らもお前にすっかり馴染んでるしよお。」
「それもこっちの台詞だ。」
「似てるんだってよ。」
「は?」
「俺とお前。…似てるかあ?似てねえよなあ?」
「似てねえよ。」
言いながら胸の奥がすこし苦しくなった。
「怒ンなよ。失礼なやつ。」
「Ha!お前なんかと一緒にされちゃあ、この独眼竜の名が泣くぜ。」
「かーっ!言ってろよ!」
元親はげらげら下品な声を立てて笑い転げている。ひとしきり笑ってから、「あーでもやっぱ似てなくはねえのかも」だとかぬかしやがって、それから「どっちみち、俺はお前のこと結構気に入ってるよ」と言った。
馬鹿か。それもやっぱりこっちの台詞だ。


070531











小十郎×政宗

「い゛ィっでぇ!もちっとやさしくできねえのかよ!」
「できません。」
顔面にできた擦過傷へ、乱暴に薬を塗りつけながら小十郎はきっぱりと言い放った。あれほど日頃から言い含めているにも関わらず、こんな傷をこしらえてくる主が悪い。忠臣の眉間には今日も深い皺が刻み込まれていた。
「Shit!そんなんじゃァ女に嫌われるぞ。」
「結構です。…政宗様は少々痛い方がお好みのようですからな!」
「ンだその言い方はうっ!…ぐ、んん!ン!」
思わず上がった悲鳴をごまかそうと撒き散らされる乾いた咳払いを、可愛らしいとも思うが憎らしいとも思う。一層雲行きの怪しくなってきた小十郎の強面に、さすがの政宗も口元を引き攣らせて背筋を伸ばした。
「…?―!」
けれど落ちたのは雷の代わりに口付け。
「あんたに傷をつける奴は…誰だろうと許さない。」
抱き締める腕の強さは、穏やかな抱擁などと言えるような生易しさではなく政宗を息苦しくさせるけれど、それでも幸せに笑いが零れてくるのだ。
「あんたを傷つけていいのは―」

俺だけだ。

そう最後まで言えない男に、独眼竜は身を寄せて目を閉じた。


070607











幸村×政宗

「あ゛づい…」
まだ梅雨さえも始まっていないというのに猛烈な暑さである。政宗は北国の生まれながら寒さに弱く(本人曰く北に生まれた奴がどいつもこいつも寒さに強いと思ったら大間違いだ。そうで)だからといって暑いのもまったく得手では無い。
水気をふくんだ空気が首を締め上げ、汗がじっとりとにじんでくる。
扇を振り回すのにも疲れ、ならばせめてもとばかりに髪をくくってみた。襟足と両頬にかかる髪の帳が熱を閉じ込めていたのだろうか。これが意外に涼しく、肩の力が一気に抜ける。
と、その時、騒々しい足音と共に幸村が現れた。
「ふあーっ!今日の暑さは凄まじいですなあ!」
「お前がいると余計暑く感じるんだがこれは俺の気のせいか?」
「気のせいでござろう。」
「さらっと言いやがるな。」
幸村は大胆にも政宗の手の扇を奪い取り、ぱたぱたと自分を煽ぎ、戯れに政宗にも風を送ったりなどして笑っている。政宗はというと最早文句を言うのも面倒になって、ぐんにゃり胡座をかいたままだ。
「その髪型もよう似合うておられる。」
不意の一言に、拡散しかけていた意識が焦点を結ぶ。バカ言ってんな、と暴れるくちびるとは裏腹に、全身が火照る。こんな日だからきっと参ってしまったのだと、紅くなる耳裏を押さえながら政宗は俯いた。


070614











幸村×政宗(高校生)

溶けかけた氷がからんと涼しげな音を立てた。麦茶の琥珀が砕けてテーブルに飛び散るのを、政宗の隻眼はなにか遠くのできごとのように見つめている。
「お前ン家…なんでクーラーねえの。」
「はあ…申し訳ない。」
正確に言うならば無いのは幸村の部屋だけであって、真田家のリビングには真新しいエアコンが鎮座している。
扇風機の透き通った青い羽が、がたがたと危なっかしい軋みを上げながら回っていた。幸村は例に漏れずそのまえで「あ〜」と叫んで「ワレワレハウチュウジンダ」的な声を汗だくの政宗に提供した。勿論、殴られた。
ほそい指先が硝子コップの表面に滴る雫を引っ張る。
「俺、暑いとマジぼーっとすんだよな…。」
唸る政宗を見て、それもかわいいからいいな、と幸村は思った。口にはしなかったけれども。
なぜなら口にする前に口付けをしてしまっていたからだ。


070618











小十郎×政宗

「なんでうちの学校って夏もネクタイ着用なんかなあ〜。」

成実がシャツの襟を開いてばさばさと煽いでいるが、見ているだけでも暑い。
まだ女子だったら多少華もあるだろうに。

「つか政宗なんでボタンとめてんの?暑くね?」
「あちいよ。」
「じゃー脱げばいいのにい〜。」
「うっせえ。」
「どーせキスマークだらけとかそんなオチなんだろ。そうなんだろ。」
「どんなオチだ。」

学校に行くときにいつも小十郎は政宗のネクタイを直すから、なんとなくそれを崩すのは悪いと思ってしまう。

「ひげができてますよ。」

ぼんやりしていたところで白いの、と指差され舐めあげられたときの舌の感触を思い出す。とろけそうな熱に目をつぶると、そういう顔をしないで欲しいと笑われた。

「いってきます。」

襟元で器用に動く指を見るのが好きだ。頚に残る摩擦熱。布越しに触れられると皮膚がざわめく。

「一時間目から体育とかマジだるくて死ぬ。」

洗い場で水をひっかぶりながらまた成実がぼやいている。政宗は髪をかきあげて鏡に映る自分の姿を見た。それからひどく赤面した。

「あ?どーしたん?」
「なんでもね…」

くびすじを押さえかぶりを振り、そこに淡く散った鬱血に歯噛みする。小十郎が毎朝ネクタイを馬鹿丁寧に締めていた理由が今更わかった気がした。


070721