たまご 政宗は庭に来た小鳥達に餌をやっている。もう少ししたら巣作りの季節だろうか、中にはつがいらしきものも見えた。さまざまな大きさや羽の色をした鳥達は彼のことを餌をくれる人間とわかっているのか警戒する様子もない。ぴょんぴょんと地を飛び跳ね、その草履ばきの足指のもとに転がった小さな豆粒を拾おうとしてつま先をくちばしでくすぐったりする。政宗はちいさく笑い声を上げてくすぐってえな、と言った。それから大き目の豆をひとつ選ると、おもむろに庭木の方にぽいと投げた。とはいえあまり重さのないそれは、かさなり合った葉に阻まれてかさりと音を立てただけに留まる。 「お前も食ったらどうだ?Ah?」 「・・・言ってくれるねえ。 俺を手なづけるのにはこんなんじゃぜ〜んぜん足りないんですけど。」 「Ha!手なづけられるようなかわいいもんじゃねえだろが。」 「あはは〜。な〜んだ竜の旦那、わかってる〜ぅ!」 毎度おなじみののんびりとぼけた口調と共に、いつのまにやら鳥と共に庭の常連客となった忍が姿を現した。 停戦協定を結んで以来、最初はやり方が気に入らないとぴりぴりしていた真田主従だったが、歳が近いせいもあってか幸村は随分と奥州の竜に懐くようになった。そのため逆に佐助は更に距離を推し量るようになったように見える。良くも悪くも器用な彼のことなので勿論表には出さないものの、政宗の方にも警戒心が強く疑り深いところがあるのでどうも筒抜けのようだった。こればかりは佐助の心情を隠す術云々ではなく政宗が敏すぎるとしか言いようがない。 「ま、停戦協定なんてどうせ・・・またそのうち戦いますってことだけどな。」 ごく小さく口中で呟かれた言葉は、けれど間違いなく佐助の耳には届いていた。笑みを湛えた口元はそのままに、黒い瞳だけは硬くしょうがないよ、だって俺たち敵じゃない?そんな色さえ潜ませる。 「おい、お前。出汁巻は好きか。」 「はあ!?」 このまま険悪な雰囲気になってしまうのかと思いきや、突然話は方向転換をするらしい。 転換というよりも瞬間移動といった感じに、さすがの忍も目を白黒させて、意味(がそもそもあるのかどうかからしてわからない)を捕捉することに失敗してしまった。 「出汁巻って・・・出汁巻卵焼き?」 「他にどれがあるんだ。」 「いや・・・え、うん。ないですけど。」 「好きか。」 「き、嫌いじゃないですよ?」 「なんだそのいまいちはっきりしねえ言い方は。 好きなのか、そうじゃないのか、はっきりしろ!」 ・・・これって卵焼きの話じゃないの!?もしかして卵焼きにたとえた戦の話なの?!どうなの!?ていうか俺、好みを聞かれてると思ったんですけど脅迫されてない!?なんなのこの人ほんとにも〜っ!と佐助は思った。こんな言われ方は・・・そうそうあれだ。まだ見習いだったころにうっかり扱い方を間違えて、私のこと好きなの!?好きじゃないの!?どっちなのよ!と情報収集のために近づいた女に詰め寄られて以来だ。あの時は俺も若かった。ごめんよ娘さん。などとうっかり過去に思いを馳せていたら政宗にあと三つ数えて答えなかったらぶっころす、という目で睨まれた。(・・・ちょっと拗ねているように見えるのは気のせいだろうか?) 「好き好き!好きだってばちゃんと!あのさ、真田の旦那はす〜っごい甘いのが好きなんだけど、あれはちょっと俺駄目なんだよねえ。ほんのり甘いくらいが好きなんだわ。」 「・・・I see.しばらくここで待ってろ。」 「え?いや・・・、」 「待ってろ。」 「はひ・・・。」 そろそろ帰らないと、と続いたであろう客人(?)の言葉を眼力だけで封じ込め、政宗はのすのすと廊下を歩いて姿を消してしまった。 呆然とそれを見送りながら視線を横にやると一羽の四十雀が不思議そうな顔でこちらを見つめているので、思わず佐助は肩を竦めてみせた。 「食え。」 どのくらい時間が経ったかわからない。 もしかしたら俺は忘れられているんじゃなかろうか、とぼんやり思い始めた頃に戻ってきた伊達の殿様はやたらと塗りの豪華な膳を持っていて、それをずいと、未だに庭木のとまったままの佐助の方に差し出した。佐助はというともう絶句するしかない。そこにのっかっているのは湯気の立つ金色の出汁巻卵。 「・・・もしかして、これ、竜の旦那が作ったの?」 「Yes.最近うまく巻けるようになったんだ。ここんとこ毎日皆に食べさせてたからいい加減飽きただろうと思ってな。」 「はあ、それで俺に。」 「そういうことだ。さっさと食え。冷めちまう。」 料理好きだと耳にしたことはあるが、なるほど本当だったらしい。正直まったく、これっぽっちも信じてなかった。あんな刀を六本振り回したり、ところにより雷を落としたりするような人間が包丁一本持ってせっせと食材に挑んでいる姿なんて・・・想像しただけでおそろしかったりおもしろかったりちょっぴりかわいかったりするじゃないか。 まあとにかく、今佐助の前に出された食事は独眼竜の手料理らしい。 「あの〜、俺、一応これでも武田の忍なんですが。」 「だから?」 「だから?ってねえ旦那ァ!」 「食うのか!?食わねえのか!?はっきりしろ!!!」 「頂戴します!!!」 こわいこわいこわい!竜の旦那その殺気ひっこめて!っていうかえ、ちょ、ねえ、なんでそんな顔すんの?困ってる?・・・泣きそう?んなわけないか。でも悲しそうなんですけど。なんで?まじこれやべー。心臓もたないよ。すっごいばくばくしてるもん。俺の寿命また縮まっちゃったな・・・。とかまたあれこれ考えながらも、今度はすぐに政宗の前に降り立つ佐助を、政宗は上目遣いに睨むと、座れ、と自室の畳床を指差した。 もうここまで来たからには逆らわずに言うとおりにする。忍装束のまま人様の部屋のど真ん中に座るなんて、まったく考えられない話だ。 「い、いただきます。」 「Please・・・ah,・・・」 異国語で言おうとして口を噤んだもののどう言ったものか考えあぐねたらしい、ぶっきらぼうな動きで手をどうぞ、という風に差し出して政宗は黙った。佐助は箸の使い方を忘れそうなほどの緊張に全身を縛り上げられながら掴みあげたそれをぱくりと食べた。 「うわ、っ・・・うまーっ!!!じゃなかった、美味しい!美味しいよ旦那!」 「だろう?」 えらそうに腕組みするのが微笑ましい。間違いなくその顔は嬉しそうだった。 「すごいなあ。表現力乏しいから上手に言えないけど。こんなふわっふわになるもんなんだ。塩加減や甘みもちょうどいいよ。」 嘘では無かった。薄い絹の生地を何層にも重ねたようなやわらかさとしっとりした感じ。出汁が入ると水っぽくなったりもしそうなものだがそれもない。こう言っては失礼だが作った本人とは裏腹な優しさと繊細さだ。 (・・・中身はこの人も優しくて繊細なんだろうけど。) いかんせん外面がねえ、としみじみその味を堪能しながら、けれどももう一度、旦那すごいねえ、本当に料理上手なんだ、旦那の料理食べれる人たちは幸せ者だなあなどと素直に褒めながら向かいに胡座する政宗を見る。 見て、そのままかたまった。 政宗の頬が、こころなしか紅くなっていた。 当然酒は飲んでいない。 では何なのか。今の言葉だ。 ではどこなのか。すごい?料理上手?それとも料理食べれる人はのとこ? それともそれとも・・・全部? ではどうして? 「・・・竜の旦那?」 「さっさと、食え!冷める!」 整理してみなければいけない、旦那は最近これを作るのを練習してた。で、練習作品を皆に食べさせててそろそろ食べさせる相手もいなくなってきたからたまたま遊びに(一応、名目上は偵察だが)来ていた佐助に勧めた。・・・本当に?これだけ沢山の人々が出入りしている城で?家臣だって何人もいるだろう。大体片倉小十郎なんか政宗様の作られたものならば毎日同じものでも食べるに決まっておりますとか言いそうなのに。 なんでわざわざ俺に。こんな忍に。 ・・・わざわざ作って食べさせるわけ? ぐるぐるぐるぐると、まるで口にしている出汁巻きの層のように色々な考えが重なっていく。 絡まって混ざってかぶさっていく。 「・・・やっぱ美味しいわ。」 結局の感想はそれだった。 「俺、これすごく好きだよ。」 ただそう言った。政宗はそうか、と顎を上げてにっと唇の端をつりあげてみせたが、既にその顔の紅味は耳にまで達していた。 (でもそれも俺の気のせいなのかも。) 鳥の鳴き声がする。佐助はそこで、ああ、俺ってば餌付けられちゃいそうだと思った。 あと少しすれば鳥達は巣をつくり、卵を産んで温めるだろう。その後は― 「参ったねえ〜。何が生まれちゃうんだろ。」 その呟きに、政宗は怪訝そうに首をかしげた。 END 20060828 戻 |