いいんですか


朝から晩まで、一日から七日まで、七日から十五日まで。

「いいんですかね・・・こんなんで。」

佐助は体を起こして盛大に溜息を吐いた。夢を見て、その夢があまりにも生々しかったからだ。
不遜に佐助を見下ろす、見た瞬間に何かが突き抜け、何かが雪崩落ちる、あの蒼くぎらついた眸。
下手をすればいやらしいほどの高慢な笑みを浮かべて、腰に手を当て仁王立ち。
何を根拠にそんなに偉そうで自信満々なのか、よくわからないが、とにかく彼は鷹揚に覆いかぶさってきた。

「何チンタラしてんだ、武田の忍。」

細く尖った、竜の水晶の爪と形容するに相応しい、馬鹿みたいな力を持つ五指が頬を滑る。

「遅ェ。」
「あのねえ、俺だって忙しいんだよ。」


目を閉じて呆れたように言うのは体の熱を逃がすため。薄い皮膚の下は今にもはちきれそうな欲が暴れまわって大変なことになっている。
感情を押し殺すことにかけては誰よりも長けている筈の忍頭ともあろうものが、という矜持など、彼と対峙するようになってからあっけなく手放してしまった。
ところで此処は何処だ。彼はこんなところにいても大丈夫か。誰か見ている奴はいないか。
そういう余分な考えが頭にぼつりぼつりと浮かんだところで、顎を掴まれた。

「余裕じゃねえか。」

目線ひとつで、人を殺せるか。それとも目線ひとつで、人を犯せるか。この独眼竜は。

「俺のこと以外を考える暇なんて、やらねえぞ。」

ぶつかる唇は実に乱暴でいながら繊細で、背筋がざっとなぞり上げられるような感覚に襲われる。

「馬鹿言わないでよ。」

頭を抱えた。

「俺、もうあんたのことであたまいっぱいすぎなんだよ。」

そこで目が醒めた。

「あーもーいいわけねーだろー!しっかりしろ猿飛佐助!」

まるで彼の主である熱血武将真田幸村よろしく、ばしばしと頬を両手で叩きながら、昼寝をしていた木の枝の上からあたりを臨む。
遠くの森の中にに、鮮やかな色が見えた。
黄、と青。
猛烈な勢いで近づいてくる。

「・・・頭、客。」

気付けば佐助の部下の一人が木の下に現れ、ぼそりとそれだけ告げてまた消えていた。

「あっちゃあ・・・嘘だろォ・・・?」

相手は一国の主、一方自分は一兵卒と大差ない戦忍。なにがどうなってこうなってしまったのだかわからないけれども、ここまで好きになるなんて思っていなかった。いなかったので、今になって焦っている。
毎日毎日、会いたい会いたいと、思っている。
思えば思うほど、好きになる。

「勝負!真田幸村ァアアアアア!ついでに大道芸人もまとめて出て来いやァ!」

独眼竜の咆哮ぶりからすると、彼は大変にご立腹のようだった。理由は、わからない。佐助にとって、未だ伊達政宗という人間は未知の生き物の領域を出ていないのだから。

「いよーお!竜の旦那ァ!どうしちゃったの、鼻息荒いよ?」
「・・・・・・出やがったな。」

がしゃりと派手な音を立てて政宗は馬から降りて、大股で行く手を遮る忍へと近づく。
どん、どん、どん、どん、彼の歩みの速さが佐助の鼓動に重なって、それが頭をくらくらさせていることなどきっとわかっていない。

「遅ェ!」

夢と同じ台詞を吐いて、危うく歯までぶつかりそうな口付け。消えない殺気と抱き合う腕。

「はは・・・旦那、また勝手に抜け出して来たんでしょ?」
「っせえ。」
「いいんですか、そんなことで。」
「いいんだよ。」
「ねえ。いいんですか。」
「何なんだよ!」
「俺、あんたのこと、こんなに好きになっちゃっていいんですか。」

春から夏まで、夏から秋まで、去年から来年まで。

「俺、もうあんたのことであたまいっぱいすぎなんだよ。」

城から戦場まで、甲斐から奥州まで。

「いいんだよ。いいに決まってんだろ。」

今から、死ぬまで。

「俺が許す。」

遅れて城から飛び出してきた幸村が、二人の抱擁を目撃して破廉恥の絶叫を上げるまであと少し。
何もかも忘れてこうしていたい。


END 20070103