エレクトロ・ワールド 無機質なグレイの高層ビルと古ぼけた民家が立ち並ぶ中にはきらきらと虹色に光る帯が走っていて、その中にはここの住人達が生きるための色々なものが詰まっているのだと言う。太陽と同じように、それはずっと昔から当たり前のようにあるものなので、誰も気にしない。 よくよく考えてみれば、その日は朝からとてもおかしかった。 「おはようございます、政宗様」 いつもなら一秒たりともずれの無い正確さで主を起こす小十郎が、一分遅れで政宗に声をかけ、窓の外を指差して言った。 「今日は、快晴ですよ。」 小十郎は本業の男共も裸足で逃げ出す強面のくせして、読書と料理が好きだという変わり者である。 政宗はガラクタと木に囲まれた大きな屋敷に、この小十郎と二人きりで住んでいる。 どのくらいの時間一緒だったかというのは、忘れた。 穏やかな微笑みを浮かべた小十郎の向こうには、目の奥を一直線に貫くような眩しさの青空が広がっていた。そこへ白い雲が丸いシリコンボールみたいに幾つも重なってそびえたち、街と人を見下ろしている。夏でもないのに、まるで真夏の入道雲だ。夕立でも来るかもしれない。 「じゃあ、行ってくる。」 小十郎に見送られ、政宗は日課どおりにかばんを手に坂を上って学校へ向かった。 古めかしいコンクリートやリノリウムに、たくさんの傷が入った椅子や机が並ぶそこで、退屈な授業×4を受ける。 それから屋上で食事を摂る。 「あ〜あ、早く夏休みになんないかな〜。」 一学年上の佐助が早々と食べ終え、弁当をしまいながら呟く。どうしてだ?と彼の主の幸村が不思議そうに尋ねた。幸村はよほど学校が好きらしい。土日も部活で登校しているというのだから、もうこの際ここへ住んだらどうなんだろうか。 「ほら〜、早く海とか行って!かわいい女の子とか見つけて〜!」 佐助の返答に、即、破廉恥な!と幸村。政宗は唇をゆがめて笑った。 学校というものはあったらあったで面倒だが、無かったら無かったで暇なものだ。 そういう意味では政宗もこの場所が嫌いではないのかもしれない。 そんな他愛も無い話で昼休憩を潰し、更に眠い授業×2を終える。掃除は勢いでさっさと済ませる。 「じゃあな〜!」 「また明日。」 手を振り自転車通学の学友と別れ、のらくら坂を下り始めた。 太陽は、白い。白い光は白い道路に降り注いで、目の前を真っ白にしていく。 「政宗殿!途中まで一緒に帰ろう!」 幸村があとから追ってきた。政宗は一人でいるのが好きなので、この騒がしい少年と帰路を共にすることをすこし悩んだが、結局は頷いた。 虹の帯が一本消えたのを、政宗の一つしか無い目が捉える。 目が片方無いのは生まれつきではなく、ある日突然病気に罹ったせいだ。このままでは全身が菌に侵されてしまうからと、切断した。 それでも全てを切り捨てることはできなくて、糸と眼帯で傷口は幾重にも塞いである。 開いたら、ブラックホールみたいな穴が政宗の体や、小十郎や、家や、周りの色んなものを吸い込むかもしれない。 それは悪い冗談だとしても、その奇異な外見を気にしてか政宗は誰とも仲良くならなかったし、誰も政宗と仲良くなろうとしなかった。今の仲間と知り合うまでは。 いつの間にか、人の気配が途絶えていた。 校庭のざわめきは消えた。 鳥の鳴き声も消えた。 揺れる木の葉の音が消えた。 「すげー静かだな」 「ああ・・・どうしたのだろうか。」 二人は気付かない。 「・・・電車、止まってねえか?」 「工事があるとは聞いて無かったが・・・」 改札にもホームにも、人がいない。 不意に幸村の手が政宗の手をつよく握った。 「・・・ちょっ、なんだよ!・・・はっはーん、ビビってんな? お前怖い話とか苦手だっけ?白昼に怖い話もクソもねえけど・・・」 「ちっ、違う!そ、そうではなくて・・・!」 敏い彼は本当はもう気付いている。人の息遣いが、もうどこにも無いことに。 昔読んだ絵本に書いてあったこと。 あの虹には、私たち人が生きるための”情報”が流れているのです。 だからあれが消えたら、私たちも消えます。 あれは、命の帯なのです。 だから美しいのです。 そんなのは御伽噺のはずだった。 だってあの光は、数字と英単語の羅列でできている。触るにも触れない。ただの文字、ただの言葉。誰でも知っている。 空を走る虹の帯は、たった二本になっていた。 もう他に誰も人はいなかった。 「でもなんか、本当に、世界の終わりみてえに静かだなあ。」 それはこの世界が終わる、三日前のこと。 END 20070525 世界よもう一度 世界よ終われ |