Baby cruising Love


政宗は音声になりきらない空気の震えを途切れ途切れに吐き出して泣いた。
裾のまくれ上がった厚手のシャツは汗で湿り、肌にきつく絡みつく。片手しか使えないせいで全て脱ぐことは叶わず、せめてとばかりにその上に羽織っていたアンゴラウールのカーディガンだけは遠くへ放り投げた。
深い苔緑の皮のソファが時折非難がましく軋む。

ほんの戯れに「キスしろ」と言ってみた。
小十郎はきっとまたそんなことを、と笑うのだと思っていた。

『ならば、口を開けて下さい。』
「え?」
『口を開けて、舌を出して。』

若干、悪戯じみた響きを残しつつも、声には有無を言わせないつよさがこもっている。
政宗はおそるおそる言いつけに従い、舌先をわずかにくちびるから覗かせたのだが、まるでその様子を見ているかのように小十郎は「もっとちゃんと」などと言う。

『ちゃんと出してますか?』
「だっ、だひへふお!」

直後はじけた笑い声に、やはり自分はからかわれたのだと政宗の顔が朱に染まった。

「お前!さいッてーだな!」
『政宗様があんまり可愛らしいのが悪いんですよ。『
「馬鹿野郎!可愛いとか言うなって何度言ったらわかるんだ!」
『俺にとっちゃそうなんだから、仕方ないでしょう。―さあ、もう一度口を開けて。』
「―!?」

声しか聞こえない分、余計に感覚は鋭くその強弱や熱を拾おうとし、体のさまざまな部位が刻み込まれた小十郎の記憶にざわめき始める。
沁みこんでいるから、反応してしまう。
どこもかしこも、スイッチだ。

『政宗様は奥まで舌を入れられるのが好きなんでしょう?』
「ち、がぅ・・・」
『上顎のところを舌先でつよくいじるのも。』
「ァ、っ・・・ンなこと・・・っ・・・」
『キスしながら髪に手を入れて中まで掻き混ぜると、随分と気持ち良さそうな顔をなさる。』
「だっから、そういう、言い方やめろこのエロオヤジ!」
『今頭を振りましたか?それとも肩を竦めた。どちらでしょうかね。』

おそろしいことに、どちらもだった。
政宗がそうであるように、小十郎の中にも当たり前のごとく政宗のデータがインプットされている。
本人さえ知り及ばないようなものまで、余すことなく。
政宗は既にじっとりと汗で湿ってきているてのひらからもう一方の手へ携帯電話を持ち替え、ソファの上に倒れ込む。

「やめろよ・・・我慢できなくなる・・・。」

か細い声に小十郎が息を呑んだのが、果たして政宗には伝わったのだろうか。
苦しげに眉根を寄せて喘ぐように薄く開閉を繰り返すその唇が、小十郎の名を何度も紡ぐ。

『政宗様。』

小十郎が呼び返せば政宗は途方に暮れた様子で身をよじった。

『小十郎も同じです。遠いと、触れたくなる。』
「・・・・・・」
『政宗様に会いたい。会って朝までずっと抱いていたい。』

一際低く告げられた言葉に、背筋が震える。
小十郎も自分も、きっと珍しく離れたせいでどこかの電波の調子がおかしいのだと政宗はのぼせた頭で考える。

『腰が動いてますよ。』
「うぅっ、うごいて、ねぇっ!」
『手も。おさえつけたって無駄だと思いますがね。』
「だか、らァっ・・・!」

抗議はすっかり甘えむずかる子供のそれに変貌していた。
スラックスの生地が擦れて細かな音を立てる。ぴったり合わされ微かに揺れる足の間の熱はもう無視できそうも無い。

「俺、バカみてェじゃん。」
『いいえ。』
「Shit!お前はホント、意地が、悪ィ・・・」
『それは否定できないところですが。』

横になり、体を丸めた状態で、おそるおそる指先を下着の中へ忍ばせた。
部屋には他に誰もいない。誰もいないところで、一人こんな痴態を演じていると思うと普通は萎えそうなものだ。なのに―

『政宗様。』
「ッ、ん、だよっ・・・!」
『下着、もう汚れちまったんじゃないですか。』
「だ、まれっ・・・、て、」

いつかの指先をたどる。厚くかさついた皮膚に覆われた太い五指が熱に絡む。
最初はやさしく、次第に容赦無く、剥き出しの欲を搾り上げ追いつめる。

「あ、ッぁ、―っく、ふ・・・!」
『手を緩めないで。』

耳朶を食み、耳殻の中へ舌を差し込んで名前を呼ぶ。

『政宗様。』
「―ぅ、ン、んん―・・・ぁ、こ、じゅ・・・」
『脚を開いて、奥の方も―、俺に見せて下さい。』

大きな手が膝頭を押さえ、自分を迎え入れるように促す。

「や・・・やっ、だァっ・・・!」
『もっと、全部。』
「・・・―・・・―」

最早否定する気も失せた。そこまで思考が及ばない。
小十郎がそうしてくれたのを思い出して必死にたどる。

「ヒぁっ!?」

すると自分でさえも知らなかったところが見つかるのだ。それは全て小十郎が拓いた場所。

「ど、してくれんだ・・・バカ、やろっ・・・!」
『小十郎のせいですか?』
「たり、めぇ、だ、ぁっ!」

咽喉奥で転がされた小十郎の笑い声は、機械を通しても十分に政宗へと伝わった。
四肢も心も甘く深く痺れる感覚に、政宗のくちびるから涙声が上がる。

「おかしく―なるっ・・・、こじゅうろ、小十郎っ!」

今目の前、自分の手元から溢れる卑猥な水音と、遠く愛しい人の声が耳を犯す。

『ああ、クソ、本当に、』

白む脳裡に額を押さえて苦笑い気味にうつむく小十郎の顔が浮かんだ。

『早くあんたを、抱きてェ―』



まだ荒い呼気の下、政宗は汗で頬にはり付いた髪をのろのろと梳いて目を開く。そこには見慣れた部屋の景色が広がっていて、当たり前だが誰もいない。
自然と落胆の溜息が出た。
おやすみなんて言ったけれど、きっと小十郎は満足に眠れないだろう。

(目の下にクマこしらえて、明日周りにびっくりされなきゃいいけど。)

想像して思わず吹き出す。
全身を気だるさと幸福感と、それからやはり寂しさが包んでいた。
あたたかいシャワーを浴びて、ゆっくりと湯船に浸かって、ココアでも飲んでベッドに入りたい。
先ほどの会話の残滓にも似た熱を含む携帯電話を、汗ばんだてのひらで握り締める。

「さっさと飛んで来い小十郎。」

我慢できないのはお互い様だ。


END 20080930