| ワン・モア・チャンス
       
 その長く節の立った指が、鳶色の髪をくるくると弄ぶのをじっと見ている。
 綺麗に整えられて並んでいる爪は見たことの無い遠くの海の貝殻みたいに淡い艶を帯びていて、指の動きは無造作でいながらもひどく雅やかだった。
 
 「政宗って触るの好きだよね。」
 
 唐突に放たれた慶次の言葉に、隻眼より早く指が動きを止めて応えた。
 
 「そうか?」
 「うん。俺の髪とか、毛皮とか、あと夢吉とか。よく触ってる。」
 
 政宗は床に広げた巻子から視線を一瞬だけはずして寝転がる慶次の方を窺ったようだった。長い前髪に覆われていたので定かでは無い。気配でそうと知れただけだ。
 
 「手触りがいいからな。」
 「モフモフしてるのがいいのか。」
 「寒いからな。」
 「寒いのやだなあ〜。早く春になるといいよ。」
 
 異国から取り寄せた見事な柄織りの絨毯にごろんと寝転がった慶次は子供のように長くて太い手足をばたつかせる。夢吉がなにごとかと飛び上がり一緒になってはしゃぐのを見てようやく政宗は顔を起こし、呆れたように溜息を吐きながら首を回した。(潔いほど大きな音がした。)
 
 「冬も来てねェってのに気が早い奴だ。」
 「だって〜。」
 
 そうやって言い合っている間も政宗の指は飽くことなく慶次の髪と戯れる。
 指にまきつけてみたり、指の間からこぼしてみたり、毛先を束ねて弾いてみたり。
 そして慶次はといえばそんな政宗を日がな一日眺めている。
 
 「寒くなると政宗と逢えなくなるし。」
 
 寒さと共に南へ下り桜と共に上って来る彼が、奥州を後にする日もこの調子だとそう遠くは無いだろう。
 夜が明けるのが遅くなり、日が暮れるのは早くなる。
 澄んだ陽光に身を晒していると、時折胸が締め付けられるように苦しくなった。
 逢えば実に激しく鮮烈な印象ばかりを人に与える政宗が、こんなに暗く寒い場所で生きているのだと思うとなんだか、
 
 「俺には耐えられない。」
 
 水底に落ちる石つぶてのような響きだった。
 蒼瞳が不審げに慶次へと向けられる。片腕を枕に横たわったまま、もう一方の手を伸ばして青い着流しをまとった腰を抱き寄せれば、意外とすんなりと身を任せてきた。
 引き結ばれたくちびるに歯を当てて開くよう促しながら、慶次は政宗の体を自分の上へと抱き上げる。
 
 「意外と重っ!」
 「Ha!たりめーだろ。」
 
 でもなんだか猫みたいだね、そう笑うと猫パンチならぬ独眼竜パンチが容赦なく飛んできた。
 
 「あ〜ずっとこうしてごろごろしてたい〜!」
 「お前マジ駄目人間すぎやしないか。」
 「だって傍に政宗がいんだぜ!?そりゃ駄目にもなるって!」
 「・・・意味わかんねえ。」
 「政宗、寂しくないのかい?」
 
 言って、愚問だったと思う。
 自分は答えを知っていた。知っていたからこそ惹かれ、同時に嫌悪した。
 
 「そんなの慣れてる。」
 
 薄く笑った政宗の瞳は硬く、何者をも寄せ付けない。隔絶された場所、完璧な壁。
 確認するたびに思い知らされる。
 ここが俺とお前の境界線なのだと。
 
 「・・・そうだった。」
 
 本当は暖かさを追い求めているんじゃない。寒さから逃げているだけだ。花が咲くのを見たいなんて言って、凍えた世界が見たくないだけだ。
 全部そうやって目を背けてる。
 
 「まあ、もともと無いものが無くたって寂しいとは思わねえが。」
 
 政宗は冷え込んだ空気から身を守るように肩を竦め、慶次の髪を口元へ押し当てた。
 
 「あったもんが無くなると少しは寂しいかもしれねえな。」
 
 だからそのくちびるが隻眼と同じように笑っていたのかどうなのか、見えなかった。
 
 「・・・たまにそういうこと言うから、困るよなァまったく。」
 「フン。」
 
 たとえば政宗が握っている髪を切り落として残して行ったとしても、彼は絶対に喜ばない。
 そんなものなら、無くていい。
 いつだって求めるものはただ一つ、本当の、本物の、真実の、
 
 (何て言ったらいいかはわかんないけど。)
 
 けれど何かは知っている。
 そしてそれは決して自分が与えられるものではないことも、知っている。
 
 (でも、それも俺の思い込み?―いや、逃げか。)
 
 胸の上でうとうとし出した政宗の頬をそっと指で撫ぜながら、慶次は途方に暮れた顔で眉根を寄せる。
 
 「マジ困るんだって。政宗といると、俺―、」
 
 諦めて適当に生きていこうとか、楽しい方へ楽な方へ流れていこうとか、“フリ”ばかりしてだらだら歩いてきた。
 折角それに慣れてきたのに。
 
 「もう一度だけ頑張ってみようかなって気になんだよ。」
 
 咲いた花を愛でるより、これからでも花を咲かせてみたいと、そんな風に思うのだ。
 
 
 END 20081030
 
 
       
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