幸村×政宗
喧嘩をした。発端はあまりにもささいなことで、確かいつも通りあまりべたべたと傍へ寄るなというようなことだったと思う。突き飛ばすと、幸村にしては珍しく真顔になって「わかった」と一言呟き頷いた。そしてそのままいなくなった。
「…こないだ真田の奴が来てからどんくれえ経った。」 「ひとつきも経っておりません政宗様。」
語尾にかぶせるように小十郎の返答。政宗は舌打ちを無駄に二度三度繰り返して膝をこまかく揺する。これまで七日おきくらいに無駄に届いていた手紙もふっつりと途絶え、もちろん姿も現さない。あの忍の気配だってこれっぽっちも感じないし、何か今まで騙されていたような気分にさえなる。
「馬を飛ばせば「政宗様、こちらに目を通して頂きたいのですが。」
絶対、バレてる。 上田に行く算段をつけるにも、この時期は難しい。それ以前にやはり自分から赴くということに抵抗を覚える。政宗の中には白と黒、勝ちと負けしか存在しないかのようだ。
「Ah〜…なんかあいつに合わせて俺のlevelまで下がっちまってねえか?」
「ぶえっきし!」 「うわ旦那きたねえ〜。」 「う、うむ。すまぬ。」 「そろそろ来ますかね。あの人。」
佐助もさすがにこれだけ二人の行き来が無いことに不安を覚えたらしい。今まで散々こき使われていたのに、いざこうなるとどうも拍子抜けしてしまう。
「来んだろうな。」
幸村はけろりと言った。
「え?」 「ここで来られても、俺が楽しくない。こういうのもたまには良いだろう。なあ?佐助。」
子供のような無邪気な笑みに裏は無い。無い分、余計おそろしく見える。
「え?え?へええ?」 「まあその代わり…」
「会ったら、ただじゃおかねえ。」 「会ったら、ただではおかぬ。」
次回の逢瀬を、楽しみに。
070724
元親&政宗
川から潮のにおいがする、と奴はとても不思議そうな顔をした。その目の色が驚くほどに澄んでいて、いつも広がっている昏くて人を寄せ付けない深さの海の底を見てしまった気になる。 「満ちてきてるからな、海の水が川へ上がってくるんだよ。」 今ここから海は見えない。けれど眼前に流れているのは確かにその一部だ。 きらきら割れて輝く水面から一本の葦が生えているようなまっすぐさで白い鷺が立っている。 「寂しいか。」 らしくもないことを聞いたと内心舌打ち。案の定相手は不敵な三日月の笑みを浮かべてAh?誰に向かって言ってんだ?なんていう強がりしか言わない。 嘘だ。見慣れぬ空を、見慣れぬ海を、手繰り、辿り、北の地へと思考を羽ばたかせているくせに。 時々とてもひどいことをしているのだと胸が苦しくなる。あのまま殺せばよかったのだろうか。でも彼を慕う者たちは生きている。あの国は生きている。政宗はいつの日かもう一度彼らと共に立ち上がる日を夢見ている。だからといって還したくはない。 欲しかった。ただただ欲しかった。 「元親。」 「ああ?」 「何ブセェ顔してンだよ。」 「うっせえ。」 あとで覚えとけよ。笑うと政宗は眉間の皺をほどいて涼やかに唇を吊り上げた。 欲しい。離したくない。
宝物だって。
そう言ったら、お前はやっぱり笑うだろうか。
070829
慶次×政宗
蝶よ花よ、どころでは無い。世界中のどんな玉でも美姫でもこんなに大切には扱われまい。政宗は白黒はっきりしないと気がすまない性分であるし、厳しい環境で育ってきた。自分を囲む人々の言葉の、行為の裏を敏く読まねばやってゆけぬ。それはまるで彼が生きる北の地そのもののようだ。やさしいのは一瞬、あとはひたすらに厳しく、相手に耐えることを要求する。 けれど慶次ときたら―政宗は自分を腕に抱いたまま幸せそうに目を閉じている男を見上げた。 「俺にどうしてそこまでするのか、サッパリわかんねえ。」 小十郎のものとも異なる尽くし方。甘やかすのとは違う、過剰では無い、見返りも求めない、まるで透明な愛情は今まで見たことも手にしたこともなくて、逆に不安になる。近いのか遠いのかわからなくなる。なまぬるい水に浸かって、体が溶け出してしまうような恐怖さえ覚える。 そんなのは我が儘なのだろうか。 「ん…どうしたんだよ、政宗。」 長い髪を指先でひねったり編んだりしてもてあそんでいると、慶次の瞳がゆっくり開いた。 「あんまりそういうことしてると、襲っちゃうぞ。」 薄く笑ってまた眠る。 寝惚けて呟いたように聞こえたそれは、だが間違いなく本気だった。政宗は隻眼を丸くして、ようやくそこで気がついた。
近すぎて見えていなかっただけとは、独眼竜が聞いて呆れる。
最初から慶次は言っていたのに。
「俺、政宗のこと好きだから。いつかきっと、全部奪うよ。」
071017
小十郎×政宗/幸村VS政宗
戦が終わって半月ほどした頃だったと思います。ひとりのお侍さんがここを訪れました。身に纏っていたものはぼろぼろでしたが、もとはとても良いものだったということがよくわかる仕立てと作りで、私は思わず見惚れたものです。錦糸で描かれた細かな花が痛んだ生地の上でそれでもささやかに咲き乱れていて、そのひとの、何かはっとさせられるような、凛とした空気とあわさって、不思議なほどに胸へ落ちてきました。 此処には何もありませんから、私は残った粟粥と茶を出しました。そのひとは頭を下げ、深く笠をかぶったまま、こんな格好で悪いな、と言いました。がさついた、秋の木枯らしのような、それでいて澄んだ雪解け水のような声、覚えています。 最後の粥をあおったときにちらりと見えた濁りかけの左眼から察するに、目がすこし悪かったのでしょうか。あまりそういうそぶりはうかがえませんでしたけど。むしろ、その瞳はきらきら強い光を宿していたように思います。だって、私の帯を―ああ、そうです、この帯です。綺麗な紅でしょう。―ずっと目で追っていましたから。 「何処へ行かれるのですか?」私は聞きました。 「一寸、甲斐の方へ。」 「これから?おひとりで?」 「ああ。」 これ以上は、聞いてはいけないのだと、わかりました。だから私は黙りました。するとそのひとは言ったのです。歌うように。 「取りに行かなきゃいけねえもんがあってなァ。あんまり長い間預けとくのも悪いから、今から行くのさ。」
それからそのひとがどうなったのかは、知りません。 甲斐の国へ向かったのでしょう。 母は物狂いのようでおそろしかったと言いましたが、私にはそんな風には見えませんでした。あれが狂っているというのなら、世の人すべてが狂人です。狂いたくても狂えない、たった一本の光の糸が常に彼をしばっているように、哀しい左眼はうつくしかった。
お侍さんは何処へ行かれるのですか?まあ、甲斐へ?大丈夫でしょうか。雪が降るかもしれません。それでも?…そうですか。ならばこれをお持ちください。道中のしのぎにはなると思いますから。
お気をつけて。
会えると良いですね。
071021
佐助×政宗(学生)
「Hey!タクシー!」 「タクシーじゃないよまったくもう。」 俺は肩をおおげさに落として溜息を吐いてみせる。比較的なで肩の俺なので、そうするとなんだか一回りも二回りも小さくしぼんでしまったように見えるらしい。先ごろそれを真田の旦那にひっそりと哀れまれて、少なからず俺のガラスのハートが傷ついたなんてことは恥ずかしいので誰にも言ってない。 「でも来てくれるんだな。」 家と外を行ったり来たりする奔放な半野良の猫みたいな青年がバイクのうしろに乗るのを待って、メットを押し付け前を向いた。 「見つかったら責任とってよね。」 先ほどの言葉には応えないまま、発進。 がくんとのめる突然の衝撃に、思わず伸びた長い諸腕が俺の腰へつよく巻きつく。その感触がやたらリアルで、もっとぎゅっといってくれ、などと思う。 「政宗。」 「Ah!?」 風を切る音がやかましいせいで、互いの声がよく聞き取れない。好都合だった。 「俺、フラれた!」 「Really!?まじでか!」 「まじですよー!明日からフリーですよー!」 だから政宗、俺と付き合ってよ。 笑いながら言ったら。 うしろからいいぜ、って声が普通に響いて、俺は危うく電信柱に激突するところだった。 「Umm…だが、『だから』ってのが気にくわねえ。訂正しろ。Once more.」 「あ、あ、お、俺は、ずっと政宗のことが好きだったんで、その、付き合って下さい。」 「Good.よくできました。ったくよー、お前いつンなったら言うのかと思ってたら今頃かよ。遅ェよ。空気読めよ。そんな調子だからフラれるんだろうが。まったくどんだけchanceやったと思ってんだアホか。」 二人一緒なら天国行きもいいけど、これはまだちょっと死ねない。 かくして人生最悪の一日は一転、人生最高の記念日となったのであった。
080206
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