小十郎×政宗(現代学園)
春の一歩手前。 まだ薄く寒さの残る、けれどこの先の暖かさを含む季節。 毎日あれほど文句を言っていた山道も、ぼろぼろの校舎も、ドアの錆び付いた小さなロッカーも、全てが今日でお別れなのだと思ったら涙が出そうになった。 ちなみにあそこの廊下の右から三番目の窓硝子は、去年の夏に元親と殴り合いをして勢い余って割った。 「すごく怒られたな。」 「当たり前だ。」 「この資料室、よく忍び込んだ。」 「…あれには参った。」 初めてはあそこだったもんな、と笑いかけたら難しい顔がもっと難しくなる。眉間や目元の皺や、伏せられる眼差しのやさしさと、この学校のにおいはとても似ている。 落ちる橙の実みたいな夕日の光が、コンクリートとリノリウムの灰を食って行く。 「センセー、俺もうここの子じゃなくなるんだぜ。」 「そうだな。」 「寂しいだろ?」 「寂しいな。」 「今日のシャツ、オッサン臭いぞ。」 ピンストライプに無地のネクタイとか、その若さにはどうかと思う。実際。しかも地味色。 でも俺はそこに顔をうずめて、胸いっぱいに息を吸って、止めて、好きだって言うんだ。 「小十郎、俺―」 「一緒に暮らそうか。」 訊くつよさでは無く、彼は言った。
「先生と生徒も、今日で卒業だ。」
学校なんて、別にすごく好きなわけでもなんでも無かった。 でもこの時はじめて、多分一生忘れられないほど好きな場所になった。 俺はかっこつけてんじゃねえよ、って笑うので精一杯で、やさしく笑う小十郎の顔がさっぱりよく見えなかった。
080223
幸村×政宗
あがる息の合間にその名を呼ぶ。呼ぶ度に、舌の先、くちびる、身の内に火が灯る。挑みかかるように着物を引き剥がし、ぶつかる骨や肉が鈍い音を立てる。肩口に顔をうずめ、獣が己のにおいをこすりつけ所有を示すように歯を立て唾液を塗りたくる。 白く細く、けれど鋼の糸に似て強靭な五指が抗うにしては緩い動きで髪に絡んできたのを感じ、幸村は笑った。 「くすぐったい。」 「ハ、」 掠れた呼気に含まれる昂り。赤銅色の髪を束ねていた元結が千切れて落ちた。政宗はそれを握り締めて離そうとしない。 「そうしてっと、女みてェで可愛いぜ。Honey.」 顎を上げて言う白皙に昇る血の色が、好きだ。思いながら無遠慮に手を進める。濡れた声が尖った咽喉仏の動きに合わせて溢れ出る。慌てて口を塞ぐ政宗を見て、至極真面目に幸村が言う。 「こうしている時の政宗殿は、女子よりよほど可愛らしいが。」 「…Shit!」 閨以外の場所で何の前触れもなしにこんなことを言おうものなら、八つ裂きでは済まされないだろう。 「お前、最近かわいくねェ、ぞっ!」 「そう躾けたのは、そなただ。」 小首を傾げる姿はまるで子供だ。政宗の隻眼が途方に暮れたように細まり滲む。 「覚えてろよ!」 三下ばりの台詞に、思わず吐き捨てた本人も、幸村も、声を上げて笑った。 ずっと追われていたい。走っていたい。闘っていたい。 遠くにいてもいつだって負けたくないと思っている。 「ああ。覚えている。」 だからいつも、刻み付けることを繰り返している。
080322
佐助×政宗
「アンタの手って不思議だよね。」
不意に佐助が呟いた。そういう彼の手は冷たい鉄に覆われていて、先には鋭い鉤爪がついている。その下がどのような形で、どのような温度なのか、政宗は知らない。
「不思議?ねェ?」 「そうやってるとすごく綺麗で、まあ剣を持つ人間だってのは胼胝とか指の曲がり方でわかるけど、でもそんな感じがしない。」
字を書いている、筆を握っている指は凛と美しい流線を保っていて、花の茎みたいだ。 料理している時なんて、女の人みたいにやさしい。決して細いとか、なよやかというわけではなく、節の立ったかたい手指で、あっというまに握り飯をこしらえたりする。 なのに戦場に出れば竜の爪。 馬鹿みたいな数の刀を振り回して命を刈り取る刃になる。
「だから不思議。とっても。」 「Ah,Isee.なるほどね。しかしお前、俺のことよく見てンな。」 「まあおかげさまでこうやっておおっぴらに観察させて頂いてますからね。」 「Ha!で?」 「で?」 「で、お前は俺のどの手が好きなんだい?」
ひらひらと薄闇に白い手が舞う。
「さあ、どれだろ。」
佐助は困ったように笑ってみせた。 自分と話すときにだけ時折跳ね上がる右手の人差し指だと、教えるのは少しもったいないなと思った。
080520
幸村×政宗(学生遠恋)
とてもささいなことで俺達は喧嘩してそのまま別れた。 ここは田舎だから小さな駅ではドア横のボタンを押さないと扉が開かない。 誰かが出入りするたびに、しんと冷えた空気が足を包む。 俺はマフラーに顔をうずめ、うつむいたままバカ、と呟いた。 次はいつ会えるかわからないのに。 俺といないとき、お前は俺のことを忘れてるんだろう。 俺だって忙しいから、四六時中お前のことを考えているわけじゃない。 小さな女の子が曇った硝子に絵を描いている。 ホームでは駅員が、寒そうに肩を竦めながら手を翳して電車を見送っている。 外の景色は段々と水底に落ちていくみたいに藍色に染まっていく。
俺はひとりぼっちだった。
握り締めていた切符が不意に床に落ちて、そんなささいなことにがっかりして溜息を吐く。 咽喉の奥が狭まるような感じ。 目の奥が熱い。 こめかみが痛い。 てのひらを刺すかたい紙の感触がもどかしくて、歯を食い縛った。 足が冷える。 誰かが入ってくる。 それは冷気をまとった熱のかたまりで、全身で息をしながら俺の名を呼んだ。
俺は涙もろくなったのかもしれない。
080615
小十郎×政宗
ことり、ことりと、てのひらの下で跳ねる音が在る。 分厚い肉の、硬い骨の、彼の奥の奥の、誰も触れられないところにあるものだ。 幾分か憔悴してくすんだまなじりをそっと指でなぞり、ほつれ落ちた髪を梳いて耳にかける。 朝までこうしていたいと思った。 瑠璃色の空を淡い紫と鴇色が焼き尽くすまで、この瞳に焼き付けておきたいと思った。 失せる星々の光よりも、消える白い月よりも。 もっとずっと一瞬で、もっとずっと儚いもの。
(この音が止まるときに、俺は傍にはいられないのだろうな。)
身を屈めた拍子に背を走る爪痕が痛む。小十郎は笑う。
(構わない。)
ことり、ことりと。
(すべて手に入れられないのなら、すべて捧げるまでだ。)
命を刻む音がする。
080630
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