「テツヤへ

例のコメント動画、ノーカット版を送る。青峰の痴態、じゃなかった醜態が余すところなく収録されていて、なかなかの噴飯ものだぞ。是非バニラシェイクを口に含んで見るといい。まったく大輝を野放しにすると何が起こるかわかったもんじゃないな。秋から向こうへ行く僕の代わりに、あの二人のことはテツヤに任せた。ではまた」


【ピックアッププレイヤーズカメラ映像配信特別企画ノーカット版】

――試合後の青峰大輝選手からコメントを頂きます。
青峰選手、今日の試合では大活躍でしたね。

「どーも」

――第3クォーターラストのシュート、素晴らしかったです。

「第3クォーターラスト……どれだ? あー……(カメラ外から声)あー! あれか。気持ち良かったっすね。シュートよりその前、ブッちぎったトコが」

――今、チームメイトからのフォローがありました。良い連携プレイがここでも……――


インタビュアーの声はマイクで拾っていなくてテロップ表示になっているけれど、僕は知っていた。これが桃井さんだということを。青峰君もさぞやりづらかったことだろう。敬語で話すことこそ火神君よりは慣れているものの相手が彼女では。
しかしそこはさすがの青峰君。最初こそぎこちなさはあったもののすぐに慣れた様子で、堂々とマイペースに受け答えを続けている。


――今回の企画、いかがでしたか? 青峰選手としてはこの、一人の選手を一台のカメラがずっと追うという形、どういった風に受け止められたでしょうか。気にはなりませんでしたか?

「ええっと、一人の選手をずっと追っかけるっていうのは、いいと思うっす。色んなプレイ、気になるところが見られるってことだろうし。まあ俺はモチロンだけど、PGとか他のポジションのヤツらとかもそのうち……やんねーの? え? ああ、好評だったら。じゃ、これ見てる人らヨロシク。――あ? 俺? あーそーか。人気投票で選ばれたのが俺だったってことで、あざまーす。(拍手と声援、口笛)うるせーよ! あっちいけ! あー、すんません。まだチームメイトが、そこにい「ヒュー! 大ちゃんマジマジアンストッパボーぅ!」オイうるっせーっての高尾! 大ちゃん言うな! あ? 俺は別にカメラ気になんねっすよ。そんなんいちいち気にしてたらやってらんねーし」

――青峰選手のプレイを見て、バスケ好きな子たち、もしかしたらバスケをやったことが無い子たちも、将来こんな風になりたい、バスケっておもしろそう、と思うかもしれません。

「そりゃ嬉しっすね。俺は自分が好きなようにやってるだけっすけど、でもそれで楽しそうとかスゲーとか、なんかのきっかけになんなら」


本当に嬉しそうな顔でくしゃりと笑った青峰君の中には、きっと一瞬黄瀬君のことがよぎったんだろうと思う。
青峰君に憧れてバスケを始めた男の子。
僕でさえ黄瀬君を思い浮かべますから。
黄瀬君は気付いているんでしょうか。青峰君が、自分でも「やった」と思うような会心のシュートが決まった時、左手の甲にキスをしていること。
あれって左手の薬指にしてるつもりなんですよ。でもさすがにそれをやったらまじーだろーし黄瀬おこるだろーしテンションあがってっから勢いあまって指とか狙えなくて結局甲にしてんだけど、って言ってました彼。
だからそのあとのガッツポーズはきっと、「やったぜ黄瀬」ってところなんでしょうね。このゴールを君に捧ぐ的な。
……自分で考えておきながら鳥肌が酷い。やめよう。
インタビューはもう終盤のようだ。最後にファンへのコメントを求められ、青峰君が喋り、「ありがとうございました。以上、青峰大輝選手でした!」と画面下に文字が表示される。青峰君は会釈をして立ち去ろうとする。そこで「あ、最後にもう一つ」と穏やかな女性の声がした。桃井さんの声だ。ということはここから先は編集していない部分なのだろうか。


「あ? ンだよ。まだあんの?」
「はい。せっかくなので、これをご覧になるご家族の方にも一言頂きたいんですが」
「ご、かぞくって……? は? おま、まさか、」
「はい〜。もちろん、青峰選手のお母様やお父様ではなくて、奥様です。奥様でいいのかな。お嫁さんも女っていう字入るケド……新妻っていう響きも、なかなかよね。とりあえず青峰君の伴侶、パートナーのきーちゃんに一言!」
「うわーっ! おい! あっヤベこれまだ撮ってんのか!? カット? カット? マジで? ホントに? ホントだろーな!? ちょ赤司、両手にハサミ持ってシャキシャキ言わせんのヤメロわーったから」
「ちょうど新婚生活始めて一ヶ月だよね?」
「あ……、そっか、そーだな……」


なるほどそういうことでしたか。新婚生活開始一ヶ月記念。青峰君はシーズン終了、黄瀬君は少し仕事のペースを落とすと聞いているから、これからまさに蜜月というわけですね。うっぷ。あの二人の蜜月だなんて濃すぎて想像しただけで胸やけが。
しかも青峰君なんかちょっと赤くなってませんかコレ。非常にわかり辛いけれど、多分。
バニラシェイクは飲んでいませんが、バニラシロップ入りのカフェオレが僕の口から溢れそうです違う意味で。


「一緒に暮らして、どう?」
「どう――って、フツーだっての」
「私じゃなくて、きーちゃんにメッセージだよ」
「はあ!? 何て言えばいーんだよ」
「これからもよろしくな、とか。愛してるぜ、とか。自分で考えなよもう!」
「〜ッ、うっせブース!」


あ、カメラの外に青峰君が引きずり出されました。なんかビシバシシャキーンみたいな音聞こえてますけど大丈夫ですかね。青峰君の心配はしてませんよ。映像の残り時間を心配してるんです。おっと戻って来た戻って来た。なんでお尻さすってるんですか叩かれたんですかシャキーンの部分は何だったんですか。


「うぅっ……えー、つーことだ黄瀬、なんか一ヶ月らしい。俺とお前が一緒に暮らし始めて。……俺は、結構うまくいってると思ってるぜ。朝起きて、お前が隣で寝てて、んで俺がそれを起こすのも……ってナニ笑ってんださつきィ!」
「ご、ごめんごめん。だって青峰君、そのお陰でミーティングとかに遅刻しなくなったし、練習にも真っ先にくるようになって。……なんだか昔みたいで、きーちゃんに感謝しないとなって思ってたの。ありがとねー! きーちゃん!」
「……だとさ。まー、だから……あークソもう話すことわっかんなくなっただろうが! 黄瀬! もう一ヶ月、まだ一ヶ月だ。まだまだまだまだ先は長ェからな! 覚悟しとけ! あー、けど、……ハリキリすぎんなよ。ゆっくり時間かけて、一緒にやってけばいい。
――つーかカメラに向かってとか話しづれーんだよ! あとは直接言う! とにかくっ、」


青峰君が近づいてくる。がごっ、と音がして画面が揺らぐ。カメラを両手で掴んでるのか、見ている側からすると頭を鷲掴まれたような構図だ。


「これからもずっと離さねーからな」


照れは完全にはぬぐい切れていないものの、真剣な低い声。
そして――左手の薬指にキスを贈り、拳を前に突き出す仕草。
ああなるほど。僕は納得する。
さっき画面の外へ出た時、君はそれを着けたんですね。黄瀬君と揃いのプラチナリング。

「まったく。見せつけてくれます」

結婚とは言いつつ式を挙げるわけでも新婚旅行をするわけでも無く、共に仕事で多忙な毎日を過ごしているようだし、はた目には同棲、むしろただのルームシェアの体を通している彼らだから、これくらいは仕方ない。
このVTRを見た黄瀬君の反応は果たしてどんなものだろう。泣くだろうか、笑うだろうか。
どちらにしろ、それは幸せ故だ。
そう。彼らにはやっぱり幸せが似合う。
僕は赤司君のメールにもう一度目を通し、騒がしくも愛すべき夫婦のことを想ってすこし笑った。

「追伸:涼太には後日、新婚一ヶ月祝いと称して以前集めた皆のメッセージと一緒に超高画質版を渡してやるつもりだ。『これ』もつけて。結婚祝いをしてやれなかったせめてもの代わりになればいいと思っている」

「これ」と示されたリンクから飛んだところにあったファイル、「mimikaki.flv」――青峰君が試合中にやらかした耳ほじりを実況付きマルチアングル化、とどめに壮大な音楽をバックにスローリプレイしたその動画のせいで、僕のPC画面が危うくビショビショになるところだったんですが、それはもうちょっとだけ後の話。





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