みんなー! 聞いて聞いて! 聞いてくださーい! 今、俺たち、デートしてるんスよーっ!
3:ザ・ファーストスター
「ねえねえ青峰っち! このお皿よくないスか?」 「えー、皿なんてお前が持ってきたヤツあんだろ」 「ダメっスよ! ちゃんとお客さん用にそろえておかないとー」 「……まだ二人きりも満足に堪能してねーのに客とか呼べっかよ」 「ん? なんか言ったスか?」 「なんでもねー」
今の家に引っ越したのは一ヶ月とちょっと前。 事務所の人からいい物件があるって教えてもらって、二人で下見して、その場で決めて、時間が無かったからとにかくお互いのものを持ち寄ってってカンジで、バタバタと始まった新居での生活。 驚いたことに青峰っちの荷物は必要最低限の衣類、あまり使わないノートPC、あとはバスケ関係のもの(シューズやらDVDやら雑誌やら)くらいしかなくて、他はどうしたのかって聞いたら、日本に戻る時に向こうのチームメイトにほとんどあげてきちゃったらしい。 すんげーよなァ青峰っちは。高校卒業してからすぐに一人でアメリカ渡って、それから今度はいきなりスペインに行っちゃうんだから。 赤司っちが前から「今からのバスケはアメリカだけでは無い。欧州スタイルも学ぶ必要がある」って言ってて、青峰っちも実際に色んな国のリーグ見てその通りだなって思ったらしく、そっからまあ色々あって……。 だからってホントに向こう渡ってプロリーグで活躍できるとか、どんだけっスか。 話聞いたら人にも運にも恵まれすぎだろって笑っちゃったもん。わらしべ長者みたい? あれ? 違う? 運も実力のうち、とでも言うのかな。 青峰っちはやっぱりバスケの神様に愛されてるんだと思う。 だけどそれだけじゃなくて、青峰っち自身にも力がある。 色んな出逢いや出来事を引き寄せて道を作る、そんな力が。
――で、またこうして日本でバスケしてるっていうね。
そんな風にフットワークの軽い彼なので、今現在、二人の家のはずのマンションにはいわゆる青峰っちの私物っていうのがほとんどなくて、俺が一人暮らしの間に使ってたものばかりなのだ。 なんていうか、ちゃんと二人の家にしたいから、俺はもっと青峰っちのものも買おうって提案した。 そしたら青峰っちも「仕方ねえな」って。 だから今日は二人でたっぷりショッピングして、ゴハンして、ドライブして、そんでもって沈む夕日を二人で見ちゃったりする予定なんス! てかもう青峰っちと一緒ならどこでもいいんスけどね! 家でゴロゴロしてるのだって青峰っちいたらマジ天国スから!
ああでも俺、ここまで来るのにも何度も死にそうになったから、今日一日もつのかとても心配っス――
たとえば、まず車運転する青峰っちがカッコイイ。 よく女の子が「男の人が車をバックさせる時ってなんかすごくいい!」って言うけれど、あれの意味を初めて理解した気がする。 助手席に俺が座ると、短めに刈り込んだ髪のおかげで運転席に座る青峰っちのうなじと首筋がすらっと綺麗に見えて。 そんで振り返る時の斜め上向きな鼻の角度とかほんのすこーし開く唇とかちょっと鋭くなる目つきとかがヤバくて。 んで車出したら出したでハンドル切る時もカッコイイし、ウィンカー出す時もカッコイイし、信号待ちの時にたまにちらっとこっち見るのも……青峰っちが俺を見……ううっ……思い出しただけでどうにかなりそうっス……。 極めつけに、駐車場に入ってパーキングチケットを取ったあと、それをおもむろにパクッと口にくわえた時はマジどうしようかと。 もう一度言うけど、口にくわえたんスよ!? そしてそのまま颯爽とハンドル切って一発でバック駐車決めちゃうんスよ!? 受け取ろうかなって手を伸ばしかけてた俺は、もうそのポーズのまんますっかり固まってしまったわけで。 なんで!? 胸ポケットにしまうとか、このなんか、日よけみたいな板んトコに挿すとか、俺に持ってろって言うとかあんじゃん! て思ったけど、かっこよすぎて何も言えなかった。 そんなわけだから、今俺のうしろをぶらぶらついて来る青峰っちも当然カッコイイわけ、なん、だけど。
「なー俺そこで待ってていい?」 「いいわけねーっス!」 「はあ……」
最初にスリッパと新しいベッドリネン買って、食器売り場で色違いのマグカップとケーキ皿とカトラリー一式をゲットしたところで、早くも青峰っちは音を上げた。 ちなみにティーカップ&ソーサーも買おうとしたところ、青峰っちが「おま、こんなん一個にウン万とかマジばっかじゃねーの!? 万が一割っても絶対怒んなよ!?」と吠えまくったのでやめた。
「ダリィよー。そもそも俺にこういうの選ばせるとか無理なんだって……」
こういうトコは昔っから変わらない。 俺と青峰っちは買い物の仕方とか、基本正反対だ。 たとえば服なら、俺は最初のお店で気になるものがあっても「まだ他のトコでもっといいのや気に入るのがあるかも」って一旦保留にして、残りを全部見て回ってから「やっぱりあれが良かったな」って一度見たところへ戻るタイプ。 でも青峰っちは「ここだ」って目についたところにぱっと入ると、「これと、これと、これ。以上」みたいな感じでものの数分で決めちゃうタイプ。 しかもそれがちゃんと自分に似合うのを選ぶんだよなあ……。なんなんスかそれも野性のなせるワザなんスか。
「あ、このフレームかわいい」
セレクトショップのウィンドウに飾ってあったメガネを見て思わず声をあげる。 今使ってるのお気に入りだからっていっつもこればっか使っちゃってて、もう一個くらい新しいのが欲しいと思ってたところなんだよね。
「つかお前のそのメガネ、何」 「何って? ダテメっスよ? 結構ぱっと見の印象違くなるし、一応は変装になるっしょ?」 「そーじゃねーよなんでレンズ入ってねェんだよ」 「あいたあ!」
青峰っちはフレームの中にピースするみたいに指を突っ込んで、俺の眉毛の下のくぼみンとこをごりごり押し出した。
「横から見ると睫毛がフレームから飛び出ててすげェ違和感なんだよレンズ入れるか睫毛切るかハッキリしろ!」 「えええどんだけ横暴なんスか! 意味わかんねーし! 伊達だからいーんだよ!」
ちょっ、やめて睫毛長すぎんだろとか引っ張んな抜けるてか顔近い近い! あああやめてなんで髪ぐちゃぐちゃにするんスかあ! モデルだよ! アンタの嫁、これでもモデルだよ! 青峰っちは俺の顔触ってるうちに楽しくなってきちゃったらしく、ついにはほっぺを引っ張ったり鼻をつまんだりと好き放題しだした。 それがあんまりにも子供みたいにはしゃいだ様子でかわいいから、もう気の済むようにしたらいいっス! ――と言いたいところなんだけど、ここ外だからね!? 通りすがりの女子が若干ぎょっとしてこっち二度見してるからね!? 俺もほら、バレちゃうし!
「コラーッ! やめろ! いいからココ見てくっスよ!」
俺は青峰っちの腕を掴んで引きずるようにして店に入った。
「……うーん、黒。は持ってるし、俺の肌と髪色にはちょっと重たい気がするんスよねえ」
さっきのメガネを俺が試着してる間、青峰っちはふらふらと店内を見て回っている。 といってもこれといって何か目当てがあるわけでも無いらしく、あっという間に一周して戻って来た。 そんで戻って来るなり、ずらりと並ぶフレームのひとつを指さして、
「これがいい」
そう言った。
「へ?」
透明感のある綺麗なネイビーブルーのそれを、俺は言われるままかけて鏡を覗く。 ……あれ。意外といいかも。顔なじみいいし、派手じゃないけど明るい感じだし、今の格好にも合うし。
「うん。やっぱそれだ。それが似合う」
青峰っちは満足したように頷くと、すぐにまた他のものへと目を移す。 てか今の。今のってちょっと、いやかなり嬉しいんスけど。 わーどうしよ青峰っちに選んでもらっちゃった。
「そうだ。青峰っちもちょっと掛けてみてよ」 「俺がァ?」 「うん。似合うと思うんスこの黒フレーム」 「メガネとかしたことねー」
無駄にぐるぐると手で回して色んな角度から見てから、あまり慣れていない手つきでその黒縁眼鏡を装着した青峰っちが「どーよ?」と振り向いた瞬間、俺は叫んだ。
「アカン!!!」
なぜか関西弁で。 青峰っちの高校時代の腹黒ホンモノメガネ先輩が聞いたらキレそうな関西弁で。 そんくらいテンパった。 ヤバいヤバいヤバいこれまじでヤバい!
「いやいやいやダメダメダメはずして! はずして青峰っち!!!」 「んなっ、なんだよお前!? そんなにヘンか「ちがう!」は?」 「かっ……」 「かっ?」 「かっこよすぎるんス……!」
俺はわあっと両手で顔を覆って俯いた。
「…………はあ?」 「なんか青峰っちのその昔よりはだいぶよくなったとはいえ険があって野性味溢れる目つきの悪さと頭の悪さとガラの悪さがメガネによってなんとなくまろやかになった上に知的な雰囲気までプラスされちゃってちょっととっつきづらかった青峰っちがインテリ峰っちに見えてこれで青峰っちが普通にモテモテになっちゃったら俺どうにかなっちゃうっていうかこれ以上カッコ良くなられても困るって言うかその「おい落ち着け黄瀬! あとなんかドサクサまぎれに俺スゲェ馬鹿にされてないか!?」してない褒めてる青峰っち好き!」
青峰っちアホだから俺の勢いに呑まれたらしく、メガネをかけたまま「お、俺も好きだぜ」とか言い出して、そんなことされたら俺は俺で「もうやめて俺のライフポイントだかヒットポイント的なものはとっくにゼロっスよ!」ってなって、二人で完全にショップの一角を異世界にしてしまった。 人がいなくて良かった。平日昼で良かった。(まああえてそこを狙ったんだけども。) けどなんとかその空気は、青峰っちが突然思い出したように「あ」と声を上げたことによって元に戻った。
「そういやアレ。お前好きそうな」 「え? どれ?」
俺はさりげなく青峰っちのメガネを奪い取りながら(あとで俺の前でだけ掛けさせる用にこっそり買うことに決定)、彼が指し示す先を見る。
「あの靴……ほれ、あっこのブーツだよ」 「あああああああああ!」
俺は思わず大声を上げてその靴に駆け寄った。青峰っちは後ろからなんだどーしたと言いながら追ってくる。
「だってこれ、買おうかどうかスゲェ迷ってるヤツなんスよ! コードバンのチャッカブーツ! ここの黒いペコスとブラウンのウイングチップのカントリーは持ってるんスけど……。あっ、コードバンてね、最初はヌメ革色してるのが使ってるうちにだんだんキレーな飴色になんの。うわあやっぱいいなあサイズあるかなあ」
振り返ると青峰っちはおもくそ眉根を寄せて口ポカーンと開けてこっちを見ている。
「黄瀬が何か呪文を唱えている」 「ハ……ハハ……スンマセン……つ、ついコーフンしちゃって……」
急に恥ずかしくなって立ち上がったら、近くを通った店員さんが「サイズお出ししましょうか?」と尋ねて来てくれた。 一瞬どうしようか迷ってたらすぐに青峰っちが「28.5センチ――で、良かったよな」なんて言うものだから、俺はとっさに頷いてしまう。
「お前身長の割りに足ちっせえよな」 「んー。そうっスねえ。お陰さまで靴にはそこまで困らないで済むんスけど」
青峰っちは29.5センチだから、大抵の店には置いてない。海外モノで横幅3Eだったら29センチでも入らないこともないって感じ。 バスケやってたら全然珍しいことじゃないけどね。
「ピッタリ……」
俺は鏡の前でくるりとまわって、思わず呟いた。 マズイなあ。 サイズは28だけど大き目のつくりだから28.5の方にオススメしているんですよ、なんて言われた上に最後の一点だって出されたそれは、まるで俺を待ってましたと言わんばかりに足にフィットしてる。 あるでしょ。こう、はじめてなのに、なんかこれずっと前から持ってるモノみたいってくらいにしっくりくる時って。 あーでも値段がなー。 買えないことは無い。 買えないことは無いんだけれど、それなりにお高い。 昔、一人の時は結構ポンポン高い買い物してたのに、青峰っちと一緒になってからは俺、そういうの控えるようになった。 もちろん自分の稼ぎでそれぞれに好きな物は買うし、そういうことに関して俺達はお互い口出ししない。 けど、とりあえずの形でも家計を預かってるのは俺なので、そゆトコはキチンとしときたかったんス。 ……だってそっちの方が夫婦っぽいじゃん。
「買わねえの?」
てっきりすぐに俺が「これ下さい!」と言うものだと思っていたのだろう。 青峰っちが不思議そうに椅子に座って考え込んでた俺の顔を覗き込んでくる。
「や。ま。なんというか。ちょっと財布と相談っていうか。即決っつーワケにはいかないスわ」 「え? 嘘いくらすんだよ」
青峰っちは展示してあった方を引っくり返して値札を見て、案の定「たっ………………か!」と絶句した。デスヨネー。 ティーカップだってあんだけ文句言ってた青峰っちだもん。こういうのに大枚出すのなんて馬鹿馬鹿しいって思うに決まってる。
「買えないことはないんスけど。やっぱ考えるっス!」
俺は笑い飛ばすようにして靴紐をほどき出した。 青峰っちはイマイチ納得してないような、どことなく考え込んでるような感じで「ふーん」て鼻を鳴らして――
「じゃあ俺が買うわ」
けろりと言った。
「は? え? いやなんで? いいっスよそんなん!」 「いーんだよ俺のだから」 「青峰っちサイズ違うし、履けねーじゃねースか!」 「うっせ、俺が欲しいんだよ。……俺がお前に履かせたいの。お前だって欲しいんだろ。これ逃したらもう会えないかもしんねーんだろ。俺、そーいうバッシュとかだったら絶対買うし」 「いやそれにしたって、なんでも無いのにお金出してもらうのってなんかヘンすよ」 「あ?」
青峰っちの眉がぴくりと跳ね上がる。
「嫁が欲しいものを旦那が買ってやんのってそんなにヘンなことか?」 「えっちょ、こんなトコで何言ってんスか!」
なんとなく俺たちが一般人じゃないんだろうなってことを察してくれてなのか、店員さんはあまり口を出さずに少し離れてこちらの様子を窺っているけど……。聞こえるかもしんないのに。 思わず両手を振って焦る俺に、青峰っちは「どうしても理由が欲しいなら、誕生日一ヶ月前祝いだ」と言って指で鼻先をぺちんと弾いて来た。 そしてそのまま靴を持って「これ、プレゼント用で」と店員さんに頼んでしまった。「かしこまりました。少々お待ち下さい」。その姿が奥へと消えるのを見届けて、青峰っちは俺の方を振り返って、「いっちょまえに遠慮してんじゃねーよバーカ」って子供みたいに笑った。
「うるせーバーカ」
俺は興奮と嬉しさと幸せでもう胸がすっかりパンク寸前まで膨らんで泣きそうになってて、ついそんな風に言ってしまった。 でもそのあとお店を出てから(あ、もちろんメガネも忘れずに買ったっスよ)、ちゃんと仕切り直し。
「青峰っち」 「んだよ」 「――ありがと、ス」 「どいたしまして」
なんでこういう時ちょっとつっぱっちゃうんだか自分でも謎だけど、俺の唸るみたいなお礼に対して、青峰っちはいつものことだと言わんばかりに目を細める。 カッコイイ。 青峰っちはカッコイイよ。 俺の中の憧れ――恰好いいの基準って、多分中学のあの日からずっとこの人なんだ。 こんな風になりたい。この人を抜きたい。いつかこの人に――。 そうやってずっとずっとずーっと、追っかけて来た。 一番のしるべ。一番の光。 俺にとっての、最初の輝き。
(叶わないと、思ってたのになあ)
「……なんだよ、人の顔ジロジロ見て」
青峰っちが首を傾げる。
「……ううん。青峰っちは、俺のこと甘やかしすぎっつーか、俺の願いを叶えすぎだなーって、思ったんスよ」 「はァ? ブーツ一足で大袈裟だなお前は」
アンタはそうやって笑うけど、ホントのこと。 アンタが俺をこうやって受け容れてくれて、傍にいてくれて、たまに触って撫でてくれて、「好き」って言ってくれて。 こんな風にデートしてくれてさ。
(ありがと)
「ねーねー青峰っちー」 「なんだよ」 「俺、しあわせ!」 「…………――」
俺がへらっと笑うと、青峰っちは片眉を跳ね上げてスッゲー不思議そうな顔をした。 また「バーカ」って言われるのかと思ったら、
「俺もだわ」
――って。 あー……。あーもー。あーもーあーもー。
(好きだ)
俺はこの旦那様に、一分一秒ごと惚れ直してるのであった。
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