初めての実習の日、黒子はこう言った。

『黄瀬君、今日から僕が教えるのは、あくまで君がこれから生きるために必要な術です。
 覚えておいて下さい。これは、愛されるための手段でも、愛するための方法でも無い。
 だから黄瀬君、君が心から求めたひとに、決してこれを使ってはいけません』

その時、黄瀬は黒子の言っている言葉の意味などさっぱりわからなかった。ただ彼が何か、とても大事なことを自分に教えようとしていることだけは理解できたので、神妙な面持ちで頷いた。



★かみさまの言うとおり(後篇)



ベッドサイドのナイトスタンドのぼんやりと黄みがかった灯りに照らされた空間は、その色合いとは裏腹にひどく冷え切っている。
黄瀬は鈍く痺れたような頭のまま、ズボンを床に落とし、下着をゆっくりと引き下ろす。
たとえばそうやって脱ぐ時でも、どんな風にしたら相手が興奮するか、どれだけその気にさせられるか、なんて容易い問題だったはずだ。
なにしろ相手は最初からそれなりに自分を抱く気がある人間ばかりだったし、性行為に関して淡泊な主でも、黄瀬がすこしその気を出して手や口でご奉仕をし、自ら穴をほぐして見せれば途端に鼻息を荒くしてのしかかってきた。
だが青峰は違う。彼がどうしたら自分に興味を持つのか、どうしたら自分を抱きたいと思うのかなんて、これっぽっちもわからない。
青峰の目も、まとう空気も、凍えるように冷たかった。
拒まれている。
壁というよりも、鋭い線だ。
ここからは絶対入って来るなという、刃のような一本の線。
これまでだって、「帰れ」だの「いらない」だのは言われてきたけれど、それとはまったく別の、こちらからは指一本触れることが許されないような、そういう拒絶だった。

(でも、途中で気が変わるかもしんないし……。だ、だいじょーぶっスよ! これは、これだけは、みんなに褒められた。だから、きっと青峰のご主人様だって……ちゃんとやったらだいじょぶ……)

そう自分を励ましつつ下半身だけ何も着けない状態になると、黄瀬は続けて上衣へと手を伸ばそうとし――やめた。
先ほど青峰が「男を抱く趣味は無い」と言ったのを思い出したから。
当然ながら黄瀬には女性のような豊かなふくらみも無ければ丸みも無い。顔立ちが中性的と言われることはあってもやはり女性のそれとは別物だし、背丈もあって骨ばっている。

(……あんま見えない方がいっか……)

結局、上は着たまま、広々とした寝台にクッションや枕を積み重ね、そこにもたれて大きく脚を広げた。

「ん……」

ベッドの前に置いた椅子に背を預けて頬杖をついた青峰は、何かつまらない見世物でも眺めるかのように醒めた眼差しでその様子を見ている。
その瞳に見つめられると、体が竦む。
同時に、胸が引き絞られるように疼いた。

「ごしゅじ……さま……」

足の方に伸ばしていた尻尾をぱたりぱたりと誘うように数度振って、黄瀬は艶やかに笑ってみせ、左手を服の裾に潜り込ませて胸の先端をいじり始める。
その間もう片方の手はじんわりと体の内に燻る熱を高めるようにゆっくりと腹から臍をなぞり、出発前に黒子の手によって茂みを剃り落とされたまっさらな下腹部を撫で下ろして、ごくわずかながら頭をもたげつつある性器へとたどり着く。
ためらうことなく陰茎を扱きあげ、更にてのひらでくるくる亀頭を撫でると、快楽に従順であるよう教え込まれている体は、たとえこんな状況だろうと律儀に反応する。

「は、はぁっ、あ、あ、」

それが恨めしいような、それでいてほっとするような、わけのわからない気持ちに駆られて黄瀬は喘いだ。

「ぁ、あ、ごしゅじんさまっ、オレの、オレのちくび、ぷくって、かたくなってるっすぅっ……。あ、ン、こ、して、こりこりすると、すごく、きもち……っく、んん!」

恥ずかしい言葉で己や相手を煽るのも厭わない――はずだ。
いじっていた胸の尖りはあっという間に赤く膨れ、黄瀬はその小さな粒を引っ張ったりつねったりしつつ更に言葉をつむぐ。

「やぁ、ぁ、ふ、あ、……おちんちん、いっぱいぬれてる……」

そのうち鈴口からは先走りが溢れ出す。それを更に全体に塗り広げるようにして手を動かせば、部屋はくちゅくちゅという湿った音と自らの吐く荒い息と卑猥な言葉で満たされる。
――でもどうにも今一歩、集中できない。

(……?)

黄瀬の中にじわりと焦りが生まれる。
体は体で追い立てられて、なのに心が追いついて来ない――というよりも、心と体がまるで歩調を合わせるつもりもない風にばらばらに、全速力で違う方向へと走っているような、そういう感覚だった。

(考えちゃダメだ。余計なコト考えたら、)

役目を果たすことだけ考えろ。できることはそれだけだ。これさえ失ったら自分は――

「どこでもイける体なんじゃなかったっけか?」

蔑むような青峰の口ぶりに、黄瀬の瞳から涙がこぼれた。きっと絶対に生理的なものだ。つよく目をつむってそれを振り払う。

「っ、は、はぁっ……」

性器への刺激だけでは達せないと思った黄瀬は、流れ落ちる先走りを指に絡めてそっと肛門のふちをなぞった。
ちらりと青峰を窺うと、相変わらずあの鋭い眼差しでこちらを凝視している。
その突き刺さるような視線を意識しただけで、ちいさな蕾はきゅっと身を竦ませるように窄まった。

「ぅ、ふ、ンン――っ、く、ぁ、ア、」

中指を一本、ゆっくりと挿し入れる。
見られているんだ。自分で、自分の指で、自分のお尻の穴を犯しているところを。
ご主人様に――あの、綺麗な、獣みたいな、青峰という人に。

「ぁうっ!?」

そう思ったとたん指先が中のしこりをかすめ、頭が白むような衝撃に腰が浮く。
まるで青峰に向かって下肢を突き出すような格好に、黄瀬はとっさに尾を上げて恥部を隠そうとしてしまう。

「オイ」

ぎし、とベッドが軋む音。
視線をあげると、驚くほど近くに青峰の顔があった。

「それじゃ見えねェよ」

首輪を曳かれ、鼻先が触れ合うほど距離が縮まる。
突然のことに目を白黒させていると、尾てい骨から脊髄を舐めるような快感が駆け上がってきた。

「ふぁ、あ、ア、ああああ!」

黄瀬は甲高い叫びを上げて仰け反った。
尻尾の付け根はダメだ。そこは性器と同じくらいに感じてしまう場所なのに。
甘い疼きに目尻に涙がにじみ、閉じられなくなったくちびるから唾液が糸を引く。
その反応に気を良くしたのか、青峰はそのまま幾度も尾を根元から先まで扱きあげる。厚いてのひらが芯をこすり五指が毛を梳く感触に、腰が跳ねた。

「ひぃう、っや、っ、ダメっすぅっ……そこっ……ぅく、そこ、はぁあっ……!」
「ここ、そんなに感じるのか」
「や、やぁあああ、ッは、しっぽ、はなっ……は、なし、ッうぅ、」

息が詰まる。過ぎた快感に体が追いつかない。
なのに内壁をいじる指を止めることもできず、浅ましく自分の中を掻き広げながら黄瀬は泣きじゃくった。
そそり立ったペニスからは先走りがとめどなくこぼれ、つるつるの下腹をびっしょりと濡らしている。

「はぅ、ゃ、ぅううんっく、っぁ、ぁ――っう……ンン!」
「……こんなんじゃ、いつまで経っても入れらんねーな」
「ん、ぅあッ!?」

指が増えた。
自分の指では、無い。

「あ、あ、」

黄瀬はかたかたと震えながら、かろうじて眼球だけを自身の脚の間へと向けた。
浅黒い手が見える。
粘膜が、その形を感じとる。
硬く、節の高い、ごつごつとした男の人の指だ。
青峰の、指。

「あぁあああああ」

それを認識した瞬間、全身が歓喜した。
経験したことの無い感覚だった。
肌が粟立つ。汗が吹き出る。涙が溢れる。光が瞬く。

「――ッ……! ぅ……っッ……――!」

黄瀬はかろうじて中から指を引き抜き、がくがくと慄く自分の体を両腕で抱きしめながら、その大きな波をやり過ごそうとする。
けれど、青峰はそれを許さない。
彼は己の下衣の前を寛げ、性器を軽く擦り立ててから黄瀬の足首を掴んで開いた。

「え……やぁっ! まって、ま、ごしゅじ、――ひ、ぁ、ッ、ア――ぅあああっ! あ! んぁ、ぁあああああああっ!」

黄瀬の言葉にはまるで耳を貸そうともせず、まだ狭いそこを青峰の灼熱が貫く。
動物の鼻先のように湿った切っ先が、隘路を裂いて中へ潜り込もうとしている。
黄瀬の咽喉から溢れるのは最早悲鳴に近い。これ以上は無い、と思ったところから更に高みと押し上げられる。敏感になりすぎた体を内側からも暴かれて、完全に制御不能になる。
溶けかけた飴色の瞳から大粒の宝石のような涙がはらはらと落ちて、その桜色に染まった頬や胸元を濡らした。

「す――げェ。ハハ。なんッだ、コレ」

これまで表情を崩さなかった青峰が、歯を食いしばり、そう唸った。
黄瀬はその、嘲笑とも感嘆ともつかぬ笑いを含んだ低音にさえ肢体を悶えさせ、息も絶え絶えに喘ぐ。
こんなのはありえない。今まで感じたこともない。駄目だ。おかしくなる。気が狂ってしまう――そう思うのに、蠢動する腸壁は青峰の太く硬い性器を喰い締めて押し包み、奥へ奥へと招き入れようとする。
膝裏を掴まれてゆるゆると腰を振られれば、甘ったるく鈍い痛みと疼きがじん、と全身を痺れさせた。

(ど、して……オレ……ッ……)

今まで、こんなことは無かった。
主にひたすら奉仕して悦ばせて、いかに早く自分の体でもって絶頂に導くか、満足させるか、ただそれだけに集中して没頭して――
そこには己のための快楽なんて存在しなかった。男なのだから心が伴わなくても体は達することができるし、それによってある程度の快感を得ることはできる。できなかったとしても、苦痛しか感じなかったとしても、主が好ければそれで良い。それが黄瀬たち奴隷の仕事であり、当たり前のことだった。

けれど今は――
翻弄される。
恥ずかしい。
切ない。
くるしい。
こわい。
それなのに、どこかで嬉しいと思っている。

(うれ……しい……?)

「お前コレ、イってんのかよ? 出てねェけど」
「――ッ、い、ぁ、ァ、っは、ッ、ぐ……」

青峰の声がどことなく心配そうな響きを含んでいるように聞こえるのは、きっと気のせいなのだろう。
黄瀬は性器に絡み付いて来る指をどうにか引き剥がそうとするが、猫の子ほどにも力が出ずにただなぞるだけに終わってしまう。
そんな抵抗など意にも介さず、青峰が射精を促すようにペニスを握りこんで擦り出した。
黄瀬はそれに合わせて「ひ、ひ、」という掠れた声を漏らしながら、とろとろと力なく精液を垂れ流した。

「や、め、っ、ほんと、にィッ、やめて、くださ……!」
「無理だな」
「ッあう、ぁ、あっ、ま、ダメ、いや、ゃ、やだ、こんな、も、やっ、スぅう……、ごしゅじ、おねが、おねがぃ、しま、」

ほとんど意味をなさない単語の羅列。黄瀬は青峰の腕から手を離し、自分の胸元で祈るように握り締めながら、汗で束になった金色の髪を打ち振って泣きじゃくった。
その様子に青峰は眉間の皺を深くする。

(また、だ――)

また、いつものあの顔だった。
先ほど黄瀬をこの部屋に連れ込んだ時の激したものでもなく、冷淡なものでもなく、それは一体なんなのだろう。

「ごしゅじんさま……」

無意識のうちに青峰の頬へと指先を伸ばしそうになって、黄瀬はハッと我に返る。青峰もすこし驚いたようにしている。今のこの光景だけを傍から見れば、情事の途中にくちづけを交わそうとするわずか手前と思われるような、そんな距離と空気だった。

「あ、あぁっ……!」

だがすぐさま青峰は黄瀬の体をやすやすと裏返し、その両腕を手綱でも握るかのように引いて、腰を打ち付け始める。
脈打つ熱が、うねる肉筒を容赦なく侵略する。内臓を鷲掴まれ持ち上げられるような感覚に目が回り、膝が笑う。
ぐちゃぐちゃと粘ついた音と、肉と肉がぶつかり弾ける音。それから狩りのさなかの獣にも似た荒い息。

「あっ、あうっ、や、んゃぁあああ、も、やめ、ぅごか、ないでぇっ……ごしゅじ、さまぁっ……!」

全身の毛穴が開き切り、あらゆるところの神経がすべて剥き出しになったかのように肌がちりついていた。
流れ落ちる汗も、触れる肌も、掴まれた腕も、時おり尻に触れる青峰のかたい下生えの感触も、こすれ合う粘膜も、なにもかもが黄瀬を責めたてる。

「いや、ぃや、いやぁあああぁ!」

怖い。こわい。こんなのは知らない。こんな風に我を忘れるような性感は知らない。こんな苦しい気持ちは知らない。

(――知らない。どうしよう。オレ、どうしちゃったの。どうなっちゃうの)

混乱の中、黄瀬はそれでも青峰に救いを求めるしかない。

「ごしゅじ、さま、ごじゅじんさま、たすけて、も、ゆるして、っくださっ、」

長大なペニスに、熟れた肉と、そこに潜むしこりをごりごりと擦られ、泣き叫び善がり狂いながら、それでも考えるのは青峰のことばかりだ。呼ぶのは青峰のことだけだ。

「……――」

青峰は何も言わない。ただ黄瀬の手首を握る力がつよくなった。
腰を叩きつけられるたびに汗ばんだ肌が、ばつん、と音を立てる。

「――ッ、ぐ、ぅっ」

不意に獣の耳のすぐそば、咽喉のふかいところで噛み砕かれた低いうなり声がして、黄瀬は目を見開いた。背中に青峰の厚い胸板が触れている。激しく呼吸をしている。のしかかってくる重み。体温。はらわたをえぐる雄の感触。胎内にほとばしる熱。

「っひ、く、ううう、く、ぅぁあ――!」

(熱い、あつい、おなかのなか、でてる――おれのなか――ごしゅじんさまの……あおみねの、ごしゅじんさまの、)

そう思うとひときわ体がほてり、青峰のすべてを拾おうと、閉ざされていた奥の奥までもが開いた感じがした。

「きゃうっ!?」

がくん、と大きく黄瀬の体が硬直し、瘧のように細かく震えた。後ろで達したのだ。
――否、おそらくもうさっきからずっと達している。

(なん、でっ……!? なに、コレ、うそ、どして、)

前立腺の開発はされていたが、あくまでそれは黒子に優しく丁寧に拓かれてこそだった。自分ひとりでは道具を使ってもなかなか達するところまではいかなかったし、ましてやこれまでの主との行為の最中は、延々そこだけを指や性器でいじめ抜かれてやっと、といった感じで、自然とこの部分だけで絶頂を迎えることなど一度も無かった。
かつてない高まりに完全にパニックになった黄瀬は、人の言葉さえも忘れたかのように、耳を真後ろに寝かせ涙ながらに吠えて四肢をばたつかせる。

「ひ、ぎっ! ふ、うぁンんんんんん!」

そこへ、更に追い立てるようにして青峰の手が伸びた。片一方で黄瀬の上体を懐に抱き込むようにしながら、もう片方は服の中を探り、勃ち切っている尖りを引っ掻いてくる。更には忙しなくふくらんだりしぼんだりを繰り返すなめらかな下腹をさすり、真っ赤な粘膜を露出させているペニスの先を大きな手の平でぐりぐりこねたりなどするものだから、黄瀬は背を反らして懸命にかぶりを振った。そうするといっそう衣服越しにではあっても青峰のたくましい体つきを感じてしまって、胸が激しく高鳴った。
鮮烈な刺激に瞼の裏で星がちかちかと弾け、意思とは関係なく下肢が暴れる。尻尾がばふばふと青峰の身体を叩くのを抑えることもできない。

「ぁ……、ぁっ……」

ぴくん、ぴくん、と微かに痙攣を繰り返す体の中を、幾らか萎えたものの、未だずっしりとした重みと圧倒的な質量を持った肉の杭が、放った精液を撹拌するかのようにゆるゆると掻き混ぜてくる。何も孕むことのない空っぽの胎に青峰の子種が注がれたのだと思うと、黄瀬の中に言い知れぬ罪悪感が湧き起こった。

「ふ、ぅえっ、やぁ……、ぅう、だめ、す、も、ほんと、だめぇえっ……」
「やめねーよ」

また硬く芯を持ち始めたペニスが、とろけきった内壁をつよく穿つ。黄瀬は制止の言葉を吐きながらも、それをきゅうきゅうと締め上げてしまっていた。もう長いこと快楽に飼い慣らされた体は、おおよそ黄瀬の手の届かないところまで行っているのだ。黄瀬にだってそれくらいよくわかっている。そういう風に躾けられた。むしろ奴隷としては褒められるべきことだ。
けれども、そのことをこんなにも恥ずかしいと思ったのははじめてだった。

「! っぁ、ぅあっ、ん、んんっく、」
「黄瀬」
「んゃ、ぁっ、あぅ、は、はぁっ、」
「誘ったのは――お前だ」
「あ……」

そうだった。これは、黄瀬が望んだことで始まった。
あの時たとえほんの一瞬だろうとも、自分自身、己の価値はこれしか無いのだと思った。
それでは今までの主と同じではないか。相手のことも考えずに、自分の理想や欲望を押し付けようとした、あのニンゲンたちと。

(あ……あ……オレ……)

なのに、それでも、どうしても。どんな手段を使っても、どんな扱いを受けたとしても、青峰の傍にいたいと願ってしまった。
離れたくないと、願ってしまった。
生まれて初めて、なにもかも投げ捨ててでも、欲しい、と、身の丈に合わない願いを。

「ごめっ……なさぁっ……」

叱られた子供のように黄瀬は謝罪を口にする。
汚したんだ。と思った。
独りで、それでも気高くあり続けた彼を、自分のちっぽけな願いひとつのために汚してしまった。

(わかっていたはずだったのに……オレ……)

青峰は奴隷を飼ったことが無い。こういったことに慣れておらず、なんとはなしに嫌悪感を抱いているのもわかっていた。
だから話題が出るたびに黙り込んで、だけど黄瀬を貶めるようなことは口にしなかった。黄瀬は確かにそれを、青峰の優しさだと感じていたはずだった。

誰かに抱かれずに眠る夜なんて久しぶりだった。
他人の体臭や生ぐさい精の香りではなく、あんな優しいにおいに包まれて眠った記憶など、おとなになってから今までなかった。
理由はどうであれ、青峰は、黄瀬をそういう風に扱わない、はじめての主だった。

――『覚えておいて下さい。これは、愛されるための手段でも、愛するための方法でも無い。
   だから黄瀬君、君が心から求めたひとに、決してこれを使ってはいけません』

黒子の言葉の意味を、今ようやく黄瀬は知る。
自分は、してはいけない過ちを犯した。あまりにも、欲張りすぎた。願いごとなんて、するべきじゃなかった。
青峰との短くも幸せな時間を綺麗な思い出に変えて、残りの一生を過ごせばよかった。きっとそうしたら耐えられた。きっとそれで充分だった。

「ごめん、なさいっ……!」

取り返しのつかないことを、したのだ。
あの美しい空の下を歩いていた自由で誇り高い人に、こんな体を見せて、抱かせて、醜態をさらして、なおかつそれをほんのちょっとでもどこかで嬉しいと感じてしまっただなんて、自分はなんて浅ましく愚かなのだろう。
けれどもっと、一番ひどいのは――

(それでも……オレ、ごしゅじんさまと、はなれたくないって……おもってる……)

傍にいたいと、今この瞬間も思っている。願っている。
ただいつも傍にそっと寄り添って、もっともっと青峰を知ることができたなら、その寂しさを少しでも紛らわせることができたなら、それはどんなに素晴らしいことだろう、と。
そんな夢みたいなことを、今でも。

首をねじり、肩ごしに青峰を見る。視線は、すぐに合った。
浅黒い肌に薄く血をのぼらせ汗を浮かべた青峰はひどく野性的な雄の顔をしていて、少なからずこの行為で快楽を得ていることが見て取れる。黄瀬はまずそのことにちいさく安堵した。
だが、欲に溺れた表情とは程遠い。黄瀬が謝るたびに、彼の顔つきはどんどん険しくなってゆく。

(ちがうんス――オレ、ごしゅじんさまに、そんなカオさせたかったんじゃ、ないんスっ……)

視界がにじむ。青峰の顔が霞む。

「ごしゅじんさま、ごめんなさい……ごめんなさいぃいっ……!」
「……――――」

断続的に打ちつけられていた腰の動きがいっとき止んだ。

「ふ、あんッく、うぅうっ――っ!」

そして頭を押さえつけて腰だけを高く上げさせられる。打ち込まれた楔が角度を変えたせいで開いた蕾から空気の混ざった精液があふれ出し、ぶぷっ、とあられもない音を立てた。黄瀬は羞恥に泣きながらかぶりを振って、三角の耳をぴたりと伏せた。逃げようともがいてみても、こんな体勢では尻を振って相手を誘っているような動きにしかならない。太腿の間はおもらしでもしたのかというほど先走りで濡れそぼって、脚をすり合わせるたびに卑猥な水音を響かせている。

「ううっく、う、ふぇっ、ぅ、ごしゅじ、さまぁ……あおみね、の、ごしゅじ……さまぁっ……!」

一度だけ、後頭部にかかったその手が、黄瀬の髪を撫でるように動いた。

「え、」

けれど次の瞬間には奥深く突き込まれ、衝撃に跳ね上がった尻尾の付け根を掴まれて、頭や、心臓や、目の奥や、下ッ腹や――体のありとあらゆるところで火花が散るような容赦ない快感に襲われる。
顔をうずめた枕からは、青峰のにおいがする。それを感じただけでまたがくりと全身が硬直して痙攣を起こした。開きっぱなしのくちびるからたらたらとこぼれ続ける涎が真っ白な布地へ沁み込み、ひんやりとした感触をもたらして、朦朧とした頭でいけない、と思う。
――これはご主人様のまくらなのに。このいいにおいを、消してしまってはいけないのに――でももう駄目だった。なにもかもがめちゃくちゃだった。

「んゃ、ぁ、あぁあああっ! ぁ、ああ、ゃ、っんあンっ、んっんっんやっぅぅっ!」
「――……黄瀬、ッ」
「――!!!」

呼ばれた名に、膨張する灼熱に、黄瀬は今度こそすべてを忘れて泣き喚いた。

ひたすらに、啼いて、鳴いて――泣き続けた。