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もう何度注がれたか、数えるのはやめた。 今や黄瀬の後孔はぼってりと紅く腫れ、突き入れられるたびに泡立った白濁を噴きこぼしているようなひどい有り様だった。 体を支える力など微塵も残っておらず、まるで人形のようにがくがくと揺さぶられるしかない。 咽喉は叫び過ぎたのと涙の塩分で焼けたせいで、木枯らしにも似た音しか出せなくなった。 性器は……どうなっているのだろう。ただじんじんと熱い。感覚は、ほとんど無い。 腹にも、尻にも、顔にも、髪にも。ありとあらゆるところにどちらが放ったのかわからない精液が纏わりつき、なめくじが這い回った跡みたいになっている。 他の人から見たら、きっとこれは一方的な陵辱で、虐待で、好意など微塵も存在しない酷い行いなのだろう。 それでも――と、黄瀬は思う。
(――オレは知ってる)
本当に相手のことを考えないセックスが、どれほど心も体もズタボロにするのか。 悪いことを悪いとさえ思わない、相手が人だなんて思ってもいない。ただ支配するためだけの、自分が上だということを刻みつけるだけの、傲慢で利己的で暴力的なセックスが、どれほど辛いことなのか。 あれは排泄行為だった。 そして自分は、その、排泄物以下のモノだった。
でも、このひとは――。
黄瀬の体がベッドの上にどさりと落ちる。 そこへ両手をつき覆いかぶさった青峰は、顔を伏せ、低く言い放った。
「これで、いいだろ。黄瀬」
――なにが、だろうか。
「出ていけ」
――……。
「俺に近づくな」
――なんで。
「つまんねェ意地で、テツに頼まれたからって。仕事ならなんでもすんのか? 命令されたらなんでもすんのか? あ? ――俺の傍にいる? バッカじゃねえのお前。さっさと出てって新しい飼い主でもなんでも探せ。もう二度と俺に関わるな。俺の前に姿を見せるな」
――なんで?
「な、んで……」
指先に、渾身の力をこめる。 歯を食い縛って腕を持ち上げる。
「そ、な、かなしそ、な、カオ、してる、スか……ごしゅじん、さま」
頬に触れると、温かかった。その褐色の肌はとても滑らかで、滲んだ汗のせいだろうか、指にくっついてくる。 ゆっくりと顔を上げ、こちらを向いた青峰の瞳の中に自分が映るのを、黄瀬は瞬きもせずに見ていた。
「……ごしゅじ、さま、やっぱ、やさし、ス……」 「――は?」
――乱暴にしようとするくせに、顔や体をぶったり蹴ったりするような真似はしなかった。嬲って痛めつけることはしなかった。決してヒトとしての尊厳を奪おうとはしなかった。
「ちゃんと、腰、とか、背中、抱いて、くれたり……髪、さわって、くれたり……おれのこと、きもちよく、してくれた……」
――その手は傷つけるためのものでは決して無かった。ふらふらになって力の入らない首をとっさに支える時も、ぎりぎりまで脚を押し広げる時も、不意に尾に触れる時も、やっぱりこの手は、きのう夜の街で自分に食事を差し出してくれたあの手なのだと感じた。
「オレ、の、こと。……ちゃんと、見て、て。くれて」
――最後までちゃんと。ただの一匹の“奴隷”や“獣噛”としてでは無く、自分という一人の存在を見とめて、抱き切った。
「なまえ、呼んでくれた……」
――番号や蔑称や口にするのも憚られるような汚らしい言葉ではなく、黄瀬、と。
「ぇへへ……」
青峰は呆けたように、黄瀬がまるで何を言っているのかわからないといった風に、目を見開いている。
「ごしゅじんさま、ちゃんと、オレと、こんな、オレと、セックス、して、くれたんスね……」
「お前、なに言ってんだよ……」 「わざとこんな、こと、して、追い、はらおうったって、そ、は、いかない、ス……」 「やめろ……」 「この、くらいじゃ、オレは、どーって、こと、ないんス、から。なれっこ、なんスから」 「やめろ」 「そばに、いる、ス。なんでも、する、から。こんなん、まいにち、でも、ヘーキ、っス、からっ……」 「やめろ! 黄瀬!」
悲痛な叫びだった。 黄瀬は泣きすぎて重たくなった瞼をこじ開けて、自分がどうなっているか確認しようとした。
(熱い、)
体が折れそうなほどつよく抱きしめられている。
(熱い――)
青峰のたくましい腕に、抱きしめられている。 肩口からは、緑と日なたと埃のにおいがした。 それに引っ張られるようにして涙があふれた。
「ごしゅ、じ……」 「お前はっ! お前は、どんだけ――どんっだけバカなんだ! お前は、今まで、どんだけ……!」
どんだけ、一人で闘ってきたんだよ。
青峰はそう言った。呻くような、血を吐くような声だった。 答える代わりに、黄瀬は笑った。
だってそれが自分にとっての生きる道だった。
それがオレにとって、生きるということだった。
「……ごしゅじんさまも、おんなじ、……」 「あ……?」 「ひとりはやっぱり……さびしいっす……」
こんな広い家で、広い世界で、本当は寂しいのに、本当は優しいのに、ひとりぼっちで生きている獣。 だから、
「だから、これからは……ごしゅじんさまと、ふたりで――いたい、ス……」 「黄瀬」 「ぁい、」 「――…………」
青峰が何かを呟いたようだったが、黄瀬の耳はもうそれを言葉として拾うことができない。 ただやわらかな音と、自分を見つめる澄んだ夜空のような瞳に安堵して、最後にもう一度、すこし笑った。
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