恋する生きもの:2



八月になった。
その日は台風が近づいていることもあって、朝から雲行きが怪しかった。
軍はもともと大きな災害時には出動を要請されるものだし、なにぶん人手不足のこのご時世だ。警察や消防団とさして変わらないような仕事が回ってくることも間々ある。
それを「何故自分が」と文句を言う者もいれば、書類とにらめっこしたり退屈な会議に出席したりするよりはずっと良いと率先して取りかかる者もいる。
もちろん、青峰は後者の方だ。
状況によっては遅くなるけれど、必ず今晩中に家には帰る。いつになるかわからないから、夕飯は先に食べておけ――そう黄瀬に告げ、家を出て行った。

時刻は既に二十三時を回っている。
風雨はどんどんと激しくなっていた。

昼のうちに鉢植えを取りこんだり雨戸を下ろしたりと準備はしていても、風ががたがたと窓を激しく鳴らす音は大きく家の中に響き、そのつどハラハラする。
夕食は青峰の言いつけどおり、一人で済ませた。
黄瀬はずっと落ち着きなく家の中を歩き回っている。
さっさと床に就いてしまおうかとも思ったが、青峰が夜中に帰って来て誰もいない玄関や台所を巡るのを考えると、とてもでは無いけれど眠る気になれない。
仕事で疲れて帰って誰も迎えてくれないなんて、温かい食事が用意されていないなんて、そんなの絶対にいけない。
さっきのひとりきりの食事だって、とても寂しかった。
青峰のいない食卓は、泣きそうなほどに寂しかった。
……けれど青峰は今までもそうして来たから、平気なのかもしれない。自分がいなくても、別段変わらず過ごすのかもしれない。
この広大な屋敷で、ひとり。

(ご主人様、)

ごうごうという強風や石つぶてのように打ち付けてくる雨の音に囲まれ、がらんとしたリビングにぽつんと独りでいると、思考がよくない方へと傾いてしまってどうにもいけなかった。
外は暗闇。
滲む漆黒がひたひたと家の中まで浸食してくるような錯覚。

(こわい――)

この家に来てそんなことを思うのは、はじめてだ。
主の部屋、庭先、サンルームやリビングのソファ、ダイニングテーブルの決まった席。いつだってどこかに青峰の気配があった。
いってらっしゃいをしたあとも頭に乗せられた手の重みを思い出し、帰って来てくれる時のことを考えれば胸があたたかくなって、ひとり待つ間も心細くは無かった。

(どうしよう、もし、もしこのままご主人様が帰って来なかったら……)

考えてぞっとする。
感じたことの無い恐ろしさと心細さに、うなじの細かな産毛がぴりぴりと逆立つ。

(今までは平気だったのに――)

独りだった頃はそれが当たり前だったから、何の疑問も持たなかった。辛いことも、痛いことも、苦しいことも、全て自分一人でどうにかするしかなかった。
でも、そうやって生きてきた黄瀬に、青峰は言う。
「遠慮をするな」「言いたいことはちゃんと言え」「俺を頼れ」――それが家族として一つ屋根の下でうまくやってゆく方法だと、そんな風に言ってくれて。ほんの少しずつだけれども、黄瀬もそれに慣れて。
今はもう考えられない。青峰のいないこの家も、青峰に出逢えなかった自分も。

(ご主人様がいないと……オレ……、)

ソファに座って膝と尻尾を一緒に強く抱え込む。

(ご主人様――どこにいるんスか? こんな嵐の中で、大丈夫なんスか?)

怪我はしていないだろうか。雨風に吹かれて、痛い思いや、寒い思いはしていないだろうか。
慣れ親しんでいたはずの孤独の昏い淵から、次々に不安が湧き出してくる。
足を取られ引きずり込まれ、溺れてしまいそうだ。

(早く、はやく帰って来て――……)

とその時、外がちかちかと白み、腹の底を震わせるような轟きがあたりを包んだ。

「――!!!!!」

次いで耳奥を突き抜ける鋭く巨大な音の刃。
瞼の裏に白銀の閃光が瞬いて、全身にひどい痛みが走った気がした。

「ぁ、あぅ――、」

雷。

黄瀬はリビングを飛び出し階段をほとんど四つ這いで駆け上がって自室へ転がり込むと、頭からすっぽりとタオルケットをかぶってかたかたと震え出した。
駄目なのだ――雷は。どうしても苦手だった。
なぜかはわからない。そもそも人よりずっと耳が良いために大きな音自体が苦手なのだけれど、それにしても雷は、雷だけは無理だった。
とにかくあの音を聞くとおそろしくておそろしくて、勝手に涙が出て来てしまう。

「ッ……――っっ……、」

恐怖のあまりまともに悲鳴も上げられない。
獣耳をてのひらで押さえて、体をダンゴ虫のように丸め、黄瀬はひたすら心の中で青峰を呼んだ。

(こわい、こわい、こわい、――……ご主人様、ご主人様っ……)

ひくっ、と咽喉から引き攣った音が漏れる。

(どうしよう、ご主人様のこと、探しに行きたい、でもこわい。どうしよう、下、行かないと、帰るって言った、ご主人様、ちゃんと帰ってくるって、言ったもっ……)

獣の唸り声のような雷鳴が断続的に響き、そのうち近くに落ちたのか、バリバリという凄まじい音が家を揺らした。
全身が総毛だって視界が歪む。

「ひ――っ! ――ぅ……っうぐ……――うぇっ……うええっ、ごしゅじ、さまぁあっ……」
「黄瀬!」

ついに耐え切れず黄瀬が嗚咽を始めたのと、耳慣れた――でも聞いたことのないような焦りを含んだ呼び声と足音が部屋に飛び込んできたのは、ほぼ同時だった。

「黄瀬!? 大丈夫か、黄瀬、オイ!」
「――ごしゅ、ごしゅじん、さま?」

タオルケットから鼻先だけ突き出してそう尋ねると、駆け寄って来たらしい青峰の手が箱の包みを慌ててほどくみたいにしてそれをむしり取る。
久しぶりに(と言っても半日と数時間だ)見た青峰は、頭のてっぺんから爪先までずぶ濡れで、顎からまだ水の粒がぼたぼたと滴っているひどい有様だった。
雨の森のにおいと青峰のにおいで、胸がいっぱいになる。
まさか家に着いて、体も拭かずに自分を探したのだろうか。
黄瀬は何か色々と信じられないような思いで、一瞬ポカンと青峰の顔を見上げた。
風呂上がりのようにずぶ濡れの青峰は、ホッとしたように息を吐き、黄瀬の頬を濡らす涙を湿った手で拭いて(実際は塗り広げるような状態だったけれども、そんなことはどうでも良かった)、困っているのとも怒っているのともつかぬ顔で口を開いた。

「寂しかったか? それとも雷が怖かったのか」
「ごしゅじ……さま、」
「おう。遅くなったな。」
「あおみねのごしゅじんさまあぅっ、ごめ、ごめんなさっ、おれ、かみなり、こわっ、ごわぐっでっ、おむかえ、ちゃんと、できなっ、で、ごめ、っん、なざい゛いっ、」

必死に涙ををこらえて話そうとしたら、途中でガマ蛙のような声になるわ豚のように鼻が鳴るわで情けないことこの上ない。
青峰の帰りを待っていた。寂しかった。おかえりなさいと出迎えたかったのに、雷が怖いばかりにこうして布団にもぐりこんで、青峰が帰ったことにも気付かずに、こんな風に手間までかけさせてごめんなさい、ちゃんとできなくてごめんなさい、そう伝えたいのに――

けれど青峰は、そんな自分の体を抱いて、背中をぽんぽんとあやすように叩きながら静かに耳を傾けてくれる。
それにひどく安心してしまって、結局黄瀬はまた泣いた。
泣きながら、「おかえりなさい」と何度も言った。
青峰は何度も頷いて、「ただいま」と返してくれた。



「――落ち着いたか?」
「っス……すませ…ホント……」
「いいから。もう遅い。お前は寝ておけ……――あ、」

しばらく黄瀬を撫でたあと身を起こした青峰は、今一度自分の恰好と、それから掛けていたベッドを見て沈黙した。
黄瀬のベッドの周りも、シーツも、タオルケットも、それから黄瀬本体も、青峰の水分を随分と吸い取ってしまっていた。

「悪ィ……」

気まずそうに微かに肩を落とす青峰に、黄瀬は激しく首を振り、「お風呂、」と濡れた服の袖を引っぱった。「お風呂、入りましょ……?」
ふたりとも、以前夕立に遭った時のことを思い出したに違いない。特段確認をすることも無く、無言のまま浴室へと向かった。
途中、玄関や廊下や階段に点々と水が落ちた痕があり、それが青峰が自分を探してくれた道筋なのだと気付いた黄瀬はくしゃりと顔を歪めて俯く。
申し訳無さに体のあちこちが痛む。

(ご主人様……)

水を含み重たく色を変えた服をまとう広い背を目の前にしながら、黄瀬はきゅうきゅう疼く胸とお腹を手でさすっておさえた。

また背中合わせに服を脱ぎ、若干の距離を保ったまま湯船に浸かり、黄瀬が青峰の髪と背を洗って、よく乾かす。
夕飯はどうしたのか尋ねると、警備に行った先で携帯食を口にしたきりとのことだったので、黄瀬は用意してあったものを温め直してテーブルに並べ、自分はハーブティーの入ったマグカップを持ち、いつものように青峰の向かいに座った。

「雨、止まないっスね……」
「明日の朝にゃ通り抜けるはずなんだが……今夜いっぱいは強く吹きそうだな」

話している端から空が光り、肩が反射的にびくりと揺れる。
こんな調子で眠れるだろうか。

――眠れるに決まっている。だって今まではそうするしか無かった。
どんなに怖くても痛くても、ひとりで眠らなければいけなかった。

(平気だ。だってオレにはご主人様にもらった自分の部屋があるんだし、本だってボールだって剣だってある。それにご主人様、ちゃんと帰って来てくれた。だから平気だ。寂しくなんか、怖くなんか無い)

そう自分に言い聞かせる黄瀬を嘲笑うかのように、雷はゴロゴロガラガラ吠え猛る。

「ひぎゃー!」

尻尾の毛が先の広がってしまった箒かというくらい逆立って、耳が後ろへ倒れる。その上から更にてのひらをかぶせ身を竦める黄瀬を見て、既に食事を平らげ茶を啜っていた青峰が、ぽつりと呟いた。

「ひとりで平気か」
「えっ?」
「……ひとりで寝つけないようだったら……――俺の寝台を使え。お前の部屋は角部屋で山側に張り出しているから、音がやたらと響くだろ」
「……ご主人様の、……あの、ご主人様、と?」

黄瀬は思わずそう尋ねた。
尋ねたあとに、変な意味に取られてしまったらどうしよう、と怖ろしくなった。
決して寝床を共にするからセックスをするのだと思っているわけでは無い。期待しているわけでも、求めているわけでも無い。
単純に青峰が自分が傍にいることを許してくれるのが嬉しくて、そんな提案をしてくれたことが信じられなくて、訊いてしまっただけなのだ。
青峰が「そういうこと」を嫌っているのはわかっている。
夜伽が得意な――淫らな自分は苦手なのだと、わかっている。

「いや……――悪ィ。聞かなかったことにしろ」

ああどうしようやっぱり――
自分の頭が悪くて言葉が足りないせいで、いつも青峰を困らせてしまう。あの時も、今も、いつも。
黄瀬は膝の上で指先が白くなるほど拳を握りしめ、震えるくちびるで「ちがうんス」となんとか細く続けた。

「ご主人様、一緒にいてほしいっス。オレ、雷、ホントダメでっ……! こ、こわいから……。ひとりは……こわい、から。おね、お願いします! ご主人様の足元とか、すみっこでいいんで、そばに……いさせて下さい、ス。じっとしてる、いい子に、してるからっ……!」

耐え切れず語尾が涙に滲む。青峰には指一本触れないし、あの夜を思い出して不快なようなら顔の見えないところだってもちろん構わない。
ただ同じ空間にいたかった。青峰の息づかい、その気配があるところにいたかった。

「わーったわーった……」

青峰は黄瀬の必死な様子に面食らったようだったが、どことなく困ったような諦めたような顔で笑って肩を竦めた。

「そんな怯えンな。なんにもしやしねェよ」
「? ……???」

今、なにか噛み合っていなかった気がする。

「なら行くぞ。ああ……自分の部屋から何か取って来たいものあるか? 枕とか、タオルケットとか……。自分のじゃなきゃ寝れねーとか無いんなら、俺の部屋にあるヤツ使え。……使ってねェのが余ってっから」
「えっ!? え、あ、い、いい、んスか?」

できる限り自然にしようと思うのにどうにも先ほどからぎくしゃくとしてしまって、青峰に不審がられてはいないだろうかと心配になる。

立ち上がった主のあとを追い、黄瀬はキッチンを出て廊下を進んだ。
深い栗色の艶をたたえた大きな扉を前にして、胸の鼓動が速くなる。
毎朝のように覗き込んで昼間掃除の為に入ってはいても、黄瀬は夜――つまり青峰が在室している間には一度たりとてその奥へ――ベッドのある方と踏み込んだことは無かった。
青峰の手がノブをひねる。中へと入り振り向いた彼は、「ん」と顎を引いて黄瀬を促した。
そろそろと進む。一歩踏み出すたびに、毛足の長い絨毯はふっかりと黄瀬の足を包み込む。掃除の時は何か失敗をしないように緊張して集中していたから、こんな風に感じたことは無かった。やわらかい芝生の上を歩いているようなこそばゆい感触に、ふふ、と笑みが漏れる。

「どした?」
「ほあっ!? あ、あの、じゅうたん、きもちーなって、思って」
「ああ」

青峰は表情を和らげベッドルームと書斎を仕切っている紺瑠璃色の天鵞絨のカーテンを引き開き、片方を金のタッセルで留める。
その向こうには広々としたキングサイズのベッドが見えた。
人並み外れた長身の青峰が大の字になって寝てもまだ余裕があるように、細かに寸法を測って作ってもらった特注品らしい。

「お前はこっちな」

指し示されたのは窓から離れている方の枕だった。

(もしかして、外、気にならないように――?)

庭に面した硝子窓のカーテンを今一度ぴったりと揃えてベッドに腰掛けた青峰の背に、黄瀬は「おじゃましまス」、そう言ってぴょこりと頭を下げた。

大きなベッドには黄瀬と青峰のふたりが寝転んでもまだ余裕がある。
ふたりの間にも、余裕がある。
湯船に浸かっていた時よりも、心なしか遠い距離。
仰向けに寝転んだ青峰は、両腕を頭のうしろで組んでじっと天井を凝視していた。相変わらず雨も風も強くうるさい。雷も先ほどより幾らか大人しくなっているものの、まだまだ完全には収まりそうも無かった。
時おり大きく響く雷鳴に黄瀬が身を竦ませると、青峰は視線だけを寄越して「大丈夫か?」と声をかけて来た。

「、っス」

音自体は怖いし、どうしても耳や体は反応してしまう。
でもさっきとは全然違う。あの心細さはどこかへ行ってしまった。

「ご主人様……」
「うん?」
「さっき、ご主人様……なんにもしないって、言ってたス、けど」
「――ああ」

声が、ほんのわずかに強張ったように聞こえる。
けれど黄瀬は体ごと青峰の方へと傾けて、勇気を振り絞る。

「……あの、おはなしとかも、ダメっスか……? オレ、ご主人様のおはなし聞きたい……」

青峰の両腕がぱかっと滑って外れた(ように見えた)。こちらへと向いた瑠璃の瞳はなぜだかびっくりしたように見開かれていて、それから照れ隠しのように眇められた。
黄瀬は黄瀬で何か自分は変なことを言ってしまったのだろうか、それとも度が過ぎた我侭を言ってしまったのだろうかと固まり、ふたりはしばらく見つめあったまま硬直していた。

「――別に……構わねーけど。……楽しくねェと思うぞ?」

沈黙を破ったのは青峰の方だ。

「い、いいんスか!?」

思いもかけない返答に黄瀬が前のめりになって訊き返すと、彼はようやくいつもの調子を取り戻したようにひとつ咳払いをして、ごろりと体を横倒して頷いた。

「おう……つっても、その、なんだ。話すこととかすぐ思いつかねーから……なんか質問しろ、質問」
「ハイハイハイ! えっと、ご主人様は、ちっちゃい頃からおっきかったんスか?」
「は? ……ああ、身長の話か?」
「はいっス!」
「う〜ん。どうだったかな。別にフツーだったぞ? 初等部の中学年まではさつきと一緒くれェだったか」
「桃井サンと? ご主人様が? おんなじくらい?」
「そう」

頭の中で思い浮かべてみる。女性としてはごく平均的な身長であろうあの桃井と、自分よりも頭一つ分ほど大きい青峰が――

「えっ、えーっ! そんなの信じられないっス! おかしーっス!」
「カハッ! まあ、そのあと一、二年で急激に伸びて、中等部へ上がる頃には……そうだなあ、今のお前よりちっと低いくれぇにはなってたか」
「デッケエ!」

思わず叫べば、青峰もカラカラ笑う。

「でも俺と同じくらいなヤツと、俺より全然デケーのいたからな」
「ウソぉ!?」
「ウソじゃねーよ」

それから黄瀬は色んなことを尋ねた。
昆虫が好きなのは昔からか、小さい頃は何をして遊んだか、好きな季節はいつで、好きな色は何色か。
青峰は「そんなこと知ってどうすんだよ」と呆れたような素振りを見せつつも、「昔から好き。捕るのも得意」「もっぱらボール遊びだったな」「夏、今からの一ヶ月が一番好きだ」「青」とひとつひとつにちゃんと答えてくれる。
そしてそのつど、「お前は?」と返して来る。「お前ホタルは普通に触れてたから、昆虫苦手じゃないのか」「お前もボール遊び好きみたいだけど、他に好きな遊びはあるか」「お前はどの季節が好きなんだ」「で、お前の好きな色は?」――そんな風に、黄瀬へと質問を投げかけて来る。
黄瀬が図鑑を持ってホタルがなぜ光るのかと訊いた時や白詰草の冠の作り方を教えてくれた時のように真剣に、やさしい声音で。
「苦手じゃないス。でもミミズはきもちわるいから苦手っス。土掘って出てきたらびっくりしちゃう……」「遊びかどうかはわかんないスけど、檻で習った歌と踊りはちょっと楽しかったっス」「今が……夏がイチバン好き!」「菜の花の黄色と、ご主人様の目の青色と、夜明けの空の色っス」――黄瀬が答えると、またたんびにうんうんと咽喉奥で相槌らしきものを打っては笑ってくれるので、それが嬉しくて気付けば身を乗り出して喋っていた。

だがやがてそんなやりとりも段々とゆっくりになり、ふつり、ふつりと途切れてくる。
いつの間にか雨の音も風の音も、雷鳴も止んでいた。
黄瀬はとろんと下がってくる瞼を懸命にこじ開けて青峰を見やった。
彼もまた半ばまどろみの中へ落ちかかっている様相に見えるが、瞳だけは煌々と青くまばゆく輝いていた。

「ご主人様……?」

不意に伸びて来た指先に頬へかかる前髪をすくわれ、黄瀬は驚きに目を瞠る。

「……もう眠れ。俺も明日は昼まで休みだ」
「そ、なんスね。よかった……ご主人様、今日はホントに……お疲れさまでした……」
「ああ。……お前も留守番、ご苦労だった」

頭を撫でられる。あたたかくて、しあわせで、視界がじんわりとぼやけてゆく。
同時に全身が灰のように脆く崩れ落ちてしまいそうだった。