――『…………――』

音がする。

――『――――、――、……――!』

声がする。

聞き覚えのあるそれは、けれどあまりに不明瞭で、形にならない。



おかしいな。
これは夢のはずだ。
こんな夢は見たことが無い。
見るのは大抵まっくらで――……




恋する生きもの:3



――カラン、と、涼しげな音で目を覚ます。
少し腫れぼったく感じる瞼を何度か閉じたり開いたりしてから、黄瀬はそれが自分の頭の横から響いたものだということに気が付いた。
シルバーのティートレイの上にはたっぷりとした透明な硝子ポットと、クリスタルグラスが載っている。陽光を受けて鮮やかに輝いていたその中の氷が、この暑さによってついに音(ね)を上げ、崩れ落ちた音だった。

「…………――は、」

たくさんの水滴をまとっているポットやグラスと同じく、黄瀬の額にも汗が浮かんでいる。
開け放った窓から流れて込んでくるのは騒がしい蝉の鳴き声ばかり。風は無く、カーテンはぴくりとも動かない。
時計を見ると正午を三十分ほど過ぎたところだ。
一通りの家事を終え、昨晩仕込んであった水出しアイスティーを手に自室で寝そべって星座図鑑などをめくっていたところまでは覚えているのだが……いつの間にやらうとうとしてしまっていたらしい。
氷の融け具合からしてさして長い時間では無かったのだろう。黄瀬はグラスに口をつけ、春摘みのダージリンを飲み下す。心地良い冷たさと爽やかな香りが咽喉や鼻を抜けて、寝起きのぼんやりとした感覚が幾らか拭い去られた気がした。
今日は青峰が隊長からの誘いがあり、やむを得ず飲んで帰ると言っていたので、夕飯は簡単に済ませようと思っている。
……ここのところ食欲があまり無いことだしちょうど良い。
このままではグラスの氷のように融けてしまいそうだと黄瀬は大きく伸びをしたのち身を振るい、尻尾の先まで気合を入れて、机の上に置いてある写真立てへと手を伸ばした。
中には写真では無く、小さなメモ用紙が二枚入っている。
様々な漢字の「リョウ」が書いてあるものが一枚。
もう一枚には「黄瀬涼犬」というよれよれとした字の下に、独特の癖字で「涼太」、そして「大輝」と書いてある。
主が書いてくれた大切なふたつの名前だ。

「……あおみね、だいき」

力強くも美しいその名を口ずさみながら、文字を指でなぞる。

靴屋から帰って青峰に心配をかけてしまってからというもの、黄瀬はいよいよ主の世話と剣の稽古に没頭するようになっていた。
部屋に散らかったものをきちんと選別し並べて丁寧に整理整頓するのではなく、とにかく片っ端からクローゼットに放り込んで崩れ落ちる前に扉を閉じる――そんな風に。主人である青峰のため、奴隷の自分がするべきことに集中した。
迷ってなどいられない。今の自分は青峰のためにいるのだから。

全部をもらった。名前も、居場所も、ぬくもりも。全部ぜんぶ青峰からもらった。
ひとかけらでもいいから、なにかそれに報いたい。
青峰から与えられたそれらと、この宝石箱のような家に――自分の居場所に降り積もる日々を栄養にして、花が咲き実を結ぶように。
いつかきっと立派になって、青峰の役に立ちたい。青峰のしもべにふさわしいと認められるだけの価値あるものになりたい。
できることならば自分がもらったのと同じようにきらきらと光る美しい“何か”を、誓いの言葉に違わぬようこの身と心のすべてを、青峰にも捧げたい。
そんな黄瀬なりの努力の形が、まず家事であったり剣術の鍛錬であったりしたのだが……。

(これが今のオレにとっての「普通」……で、いいんスかね……)

――『青峰の旦那は見返りとか求めてないと思うんだよなあ』

(高尾っちはそう言ってくれたけど、オレは……)

――『もうああいうことは無理にしなくていい』

(そうじゃ……なくて。無理にしてたんじゃなくて……。そういう風にしかできなくて……。イチバン、得意だっただけで……。でもそれはしちゃいけなくて……)

――『青峰君は……君を抱いていないんですね』

(ご主人様が……オレを――?)

不意にごそりと、体の奥で重ったるい熱の塊が蠢いた気がした。

(! だ、ダメだ、もしまたあんなトコロ、やらしいトコロをご主人様に知られたら、見られたら、オレ今度こそご主人様の傍にいられなくなっちゃう……!)

黄瀬は慌てて激しく頭を振り、写真立てを元の場所に戻す。

(がんばろう。ちゃんと、がんばらなきゃ)

うん、と頷いたその時、黄金色の獣耳がチャイムの音を聞きつけた。

「あれ? おーっス、火神っち」
「――よう、黄瀬! 今日もあっちいな〜。あ、悪ィ電話も入れずに」

ドアを開けたところに立っていたのは、虎の尾を勇ましく立てた火神だった。
片手にはその尾のように縞々の――ただし緑と黒の縞模様の球体がぶら下がっている。

「平気っスよ。それより……どしたんスか? ――ソレ」
「はは、コレよぉ、昨日大玉のスイカ二個ももらっちまったんだけど、冷蔵庫には入んねーし黒子のヤツ全然量食えねーから、お前ンとこで一個どうよ?」
「わ、マジすか! サンキュ。……って、でも、火神っちならこんくらいペロッといけんじゃね?」
「……いけねーこたねェけど……。あんま食うと腹がその、ちょっと……」
「あー……ナルホド」

歯切れの悪い火神の言葉に、黄瀬はなんとも言えない声を上げた。
火神は北方に生息するアムールトラの血が流れているゆえか暑がりだ。きっと暑いからと冷たいものや水っぽいものをたらふく食べ、腹を冷やして黒子に怒られたのであろうことは容易に想像がつく。

「んじゃ、遠慮なく頂くっスわ。そうだなあ。半分はくり抜いて、フルーツポンチにでもするっスかね」
「おお〜! そっか、その手があったか!」
「それを今すぐは無理だけど、お礼にお茶くらいは出すから涼んでったらいっス」
「おう! ……んん?」
「ん?」

嬉々として靴を脱いだ火神が、なぜかそのまま立ち止まって首を傾げている。どうしたのだろうか。

「ってうわっ!? ちょちょちょ、なにっ……!」

腕を曳かれ腰に手を回される。なにかを確かめるかのようにぎゅっぎゅと抱きしめられたあと、間近で穴があくほど顔を見つめられる。黄瀬は突然のことに尻尾を毛羽立たせたまま動けない。

「黄瀬……お前、痩せたか?」
「はい?」
「なんか最初にヘンだって思ったんだよ……。やっぱそうだ。すんげえ骨っぽくなってるじゃねーか! 肌も髪も色艶悪ィ。それに――においも前と違う。なんだ、どうしたんだ? やっぱ青峰にいじめられてんのか!?」
「ま、待て! 待てってば火神!」

あまりの勢いにたじろぎながらも、黄瀬は叫んだ。それから「ご主人様はそんなことしない」――そう、ぽつりと付け加えた。
火神は一瞬「けどよ、」と口を開きかけたが、すぐに思い直したように眉間に力を入れて耳を伏せ尾を垂れる。「すまねェ」

「あ、ううん! こっちこそ。火神っちオレを心配してくれてるのに、ごめ「お前、昼飯食ったか?」

黄瀬の謝罪をあえて遮るような大きな声。

「昼? いや、まだっスけど……。てかオレ今あんま食べる気しなくて……」
「それがいけねーんだよ! まずメシを食え!」
「か、火神っち?」
「台所借りっぞ。食材も。あとで必要なモンあったら買って返すから」
「えっ? えっ!?」

それからはもう、実に鮮やかなものだった。
キッチンに飛び込んで素麺を見つけた火神は、「これがあるなら」と冷蔵庫を漁ってすぐさま薬味用の生姜や葱を探り当てた。麺つゆで作ってもいいけれどそれは甘すぎてお前の好みじゃなさそうだ、とスープは鶏ガラスープの素を使い、すりおろした生姜と、軽く湯にくぐらせたささみ肉を細かく千切って投げ入れ、片栗粉でとろみをつけたところに溶き卵を流し入れる。それに湯がいた素麺を投入して軽く温め、きざみ葱をまぶし大根おろしをのせれば――

「おら、食え」

火神流、弱った胃腸にもやさしい煮麺の完成であった。

「……いいにおい……」
「即席だけどな。そうだ、素麺て意外と油使ってっから、今度は温麺でも買っておいたらいいぜ。あれならコイツよりもっとハラに負担がかかんねェで済む」
「はあ……」

さすがこだわりの職人。見た目によらずこの男は本当に料理好きで世話好きだ。黄瀬は思わず火神へと尊敬のまなざしを向けた。

「ともかく、冷めねェうちに食えるだけでいいから食っとけ」
「あ、う、うん。いただきます」

食欲をそそる香りととろりとしたスープや細い麺は、いまいち調子の出ない体にもするすると吸い込まれてゆく。とてもおいしかった。おいしかったのだが、それでもすべては黄瀬の胃袋に収まり切らず、結局残りを火神本人が食した。

「……青峰もなんか言ってただろ」

オレでも気付くんだからよ、と火神は顔をしかめる。
確かに、昨晩も今朝も、黄瀬は青峰に「お前痩せたぞ」と言われた。「ちゃんと食え」とも念押しされた。

「でもオレ、元気っスよ」
「そういう問題じゃなくてよお……」
「?」

火神も青峰と似たような反応をする。黄瀬は不思議そうに首を傾げた。

「――あのさ。ひとつだけ、訊いてもいいか」

そう尋ねてくる緋色の瞳はほんのわずかばかり哀しげで、けれどどこまでもまっすぐだ。

「どーぞ?」

火神は言った。

「黄瀬、お前は今――」



屋敷の主が帰って来たのは、とっくに日付が変わった深夜のことだった。
青峰のことだから小腹を空かせているかもしれないと夜食の準備を済ませた黄瀬は、サンルームのソファにかけてぼんやりと星空を眺めていた。

「! ご主人様だ」

静かな夏の夜、重たい革靴がこつこつと石の路を踏みしめる音は、はっきりと三角の耳に届く。急ぎ玄関へと向かい硝子のはめこまれた大扉の錠を外し、長時間開けておくと虫が入ってしまうからと青峰の姿が見えてから素早く押し開いた。
湿り気を帯びた夜風と共に帰って来た主は、だがしかし――

「――ッ……!」

ひどく、におった。
あまりのことに黄瀬は「おかえりなさい」を言うのも忘れて、一瞬息を詰める。

(なに、なんだ、なんなんだ? コレ……)

尻尾が天敵にでも遭遇したかのように逆毛立ち、耳が寝てしまう。

「んあ、黄瀬。起きてたのか。おそくなったな」
「っ、ぁ、お、おかえり、なさいっス。ご主人、様」

いつもより若干ろれつの怪しい青峰を珍しいと思う暇も無く、その息の酒臭さに更に混乱の度合いが深まる。
随分と飲んで来たのだろう。さすがに足元があやしくなるほどでは無いけれど、その浅黒い肌が赤らんでいるのがわかるほどには酒が回っている。

「お疲れさまでした。あの、お水、どうぞ、」
「お〜。さんきゅ」

グラスを受け取り冷水をあおってから靴を脱いだ青峰は、いつも通り黄瀬の頭をわしわし撫でた。
やはり――におう。
青峰の全身にまとわりつくアルコールと煙草と――それから、ことさらに鼻を刺すこれは……

(香水と……おしろいの、におい……)

まさにそれだった。
媚びた商売女のにおい。わからないはずがない。

(オレの、ご主人様のにおいが……)

下品で邪魔なものたちに阻まれて、あの大好きな、何よりも安心する香りが消え入りそうになっている。
酒の席なら在りうることだ。女をはべらせ、煙草をくゆらせ、酒杯を傾け、興が乗ればそのまま褥へとなだれ込む。そんなのはよくあることだ。

(でも、でも……)

男らしく立派な青峰の体に、艶やかな衣装に身を包んだ娼婦がしなだれかかり酌をする。何事かを耳元で囁きつつ豊満な胸を押し付けて腕を絡める。女が近付くたび、触れるたび、あんなにもやさしくみずみずしかった青峰のにおいが、きつい香りに塗り潰されてゆく。
その様を想像するだけで胃の腑がカッと熱を持った。わけのわからない感情がすぐ咽喉のあたりにまでのぼってきて、耐え切れず尻尾が乱暴に振れ、握った拳がちいさく軋む。

(ご主人様から離れてよ……。ご主人様のにおい、返してよっ……!)

すると青峰はおもむろに一歩下がり、自分の腕を掲げて鼻を寄せた。

「――うげ。スゲェにおい。お前、鼻きくから臭いだろ」
「! やっ、ち、違うっスそんなことないっス! あ――、ご、ごめんなさい……!」

先ほどの尻尾の動きか、はたまた顔に出ていたのか。
どちらにしろ主人にこのようなことを言わせてしまうなんて、奴隷としては落第点もいいところだ。黄瀬は頭を下げたが、青峰は「なんでお前が謝るんだ」とこれっぽっちも気にしないどころかがりがりと後頭部を掻きつつ、己のミスとばかりに悪態を吐く。

「あー……クッソ、だからああいう場所は嫌いだっつったんだよ……。黄瀬、風呂わいてるか? シャワーでもいいんだが……」
「わいてるっス! お湯ちゃんと張ってあるんですぐにでも」
「ん。じゃあとっとと洗い流してくるわ。お前はもう休んでていいぞ。遅くまですまなかったな」
「あっ、あのっ!」
「ん?」

気付けば黄瀬は、半ば叫ぶようにして声を上げていた。
バスルームへと向かおうとしていた青峰が足を止め振り返る。

「ご主人様の背中、オレが流すっス! オレにさせてください!」

吹き抜けになっている玄関ホールに響き渡ったその声音があまりにも必死で、自分でも困惑する。「その、酔ったままお風呂に入ると危ないし、つ、付き添いを……」。もごもごと付け加えると、青峰はしばし酔いが吹き飛んだような表情で黄瀬を凝視していたが、案外気安く「じゃあ頼む」と頷いた。

背中、とは言ったけれど、ごく自然な流れで黄瀬は青峰の髪も洗った。丁寧に。でも、普段よりは幾らか力をこめて。
慣れ親しんだ青峰の、青峰だけの良い香りを探って掘り起こすように、指先で頭皮を揉んで髪を梳いて。仕上げに何度も湯でそそいだ。ちょっとしつこいだろうかとも思ったが、青峰はやはり以前と変わらずおとなしく身を任せてくれていた。
頭が終わるといよいよ体だ。みごとな筋肉に覆われゆっくりと規則正しく波打つ肩や背中を前にして、思わず尾がゆらゆら揺れる。

(ああ――ほんとうにキレイだなあ)

何をもってそんな風に感じるのか、黄瀬自身にもよくわからない。ただ見た目や造作の素晴らしさではなく(勿論それもあるのだけれど)、青峰にはもっと別の美しさがある。そう――思う。

(あ、)

褐色の背に走る数本の白い線。皮膚の質感もつるつるとしていて他とは違う。それが刀創だということを、黄瀬は知っていた。自分の右肩にも同じような傷があるからだ。特段痛みはしないのだが触れると突っ張る感じというか、皮膚の下をまさぐられるような違和感があるので、青峰の背を洗う際も慎重にスポンジを滑らせている。

「ご主人様、力加減だいじょぶっスか?」
「おお。ちょうどいい。……なんかお前にこうされるの慣れてきちまって――ふは、なんだかホッとするぜ」
「!」

低い笑い声による微かな振動が、スポンジからてのひらを伝いぴりりと両腕を痺れさせる。
嬉しいはずの言葉。
だけどどうしてだか、黄瀬は困ったように眉根を寄せて下唇を噛み締めた。
そして白い泡の間に見え隠れする浅黒い肌に改めて目を落とす。

――この大きな背にどんな女性が腕を回し手を這わせたのだろう。
青峰のたくましい腕に抱かれて、一体どんな気持ちだっただろうか。
きっとあのいいにおいがしただろうに。
涙が出るような、あたたかくてやさしくて幸せなにおいがしただろうに。
だのに――

(ひどい、ひどい、ひどい。なんで?)

染みついたにおいはなかなか取れない。

(ご主人様にヘンなにおいつけないで。このお家まで入って来ないで)

ごしごし、ごしごしと、黄瀬は洗う。よそ者のにおいを追い払う。青峰が元どおり綺麗になるまで、一心不乱に洗い続ける。

(あれ? でも――)

――――……そういえば、
ついこの間、自分も似たようなことを、しなかったっけ。
大切な主の服に汚らわしいにおいをつけて、それを懸命に落としたのは、あれは――……。

「……黄瀬? どうした?」

肩越しに呼び掛けられて、我に返る。

「ひぇっ!? あ、す、スマッセン! 痛かったスか!?」

だいぶ手に力を籠めていたことに気付いて頭を下げると、青峰はさすがに不審に思ったのか目を眇めつつ首を傾けた。

「いや……そうじゃねーけど……。なあ、お前……やっぱ体の調子でも悪いのか?」
「え!? そんなコトねっスよ! ちょ、ちょっと最近暑い日が多くて……あ……いえ、べ、別にだからどうってワケじゃなくて……」

言いたいこと、伝えたいことがたくさんあるような気がするのに、それが何なのか自分でもよくわからなくてしどろもどろになる。

「なあ黄瀬」
「は、ハイ……」
「……――あまり、無理するな」

どことなく硬い響きに手が震えた。

「は……い、っス」

違う。無理は――無理なんかしていない。

「よし、あとは自分でやっからいいぞ」
「あ……ハイ。えと……一応、夜食の準備もしてあるんスけど……すぐお休みになりまスか?」
「うぉ、ちょうど小腹が減ってたんだよ。食う食う。黄瀬お前ホント気が利くなぁ」
「……ぇへへ、良かったっス」

「じゃあ支度をして待っているので焦らずゆっくりお湯に浸かって下さい」と言い残し、黄瀬は浴室をあとにした。
夜食のメニューはオニオングラタンスープ。自分の好物ゆえのチョイスでは無く、レシピに二日酔いにきくと記してあったからだ。

「…………――――」

ふと、鍋を掻き混ぜる手が止まる。
昼間この場所で料理をしていた火神の問いが、唐突に脳裡によみがえった。

『黄瀬、お前は今――幸せか?』

彼はどうしてそんなことを訊いたのか。
思考も生活も世界も。黄瀬のすべては青峰を中心に回っている。
青峰は主人。
自分は奴隷。
はじめて自ら選んで求めた、尊敬すべきたったひとりの主――そのひとの傍にいられる。仕えて、使ってもらえる。
最高の幸せじゃないか。
それ以外に一体何があると言うのだろう。

「――しあわせ、スよ?」

飴色のスープの海に、呟きは静かに落ちてゆく。

「しあわせっス」

これ以上口にすると折角の夜食がしょっぱくなってしまいそうで、黄瀬はそれきり口をつぐんだ。