SLAP THAT NAUGHTY BODY (後編)


時間の感覚が無くなっていた。まあるいひとつの塊をどこまで細く長く引き伸ばして維持していられるかを試すような、決して厳しくはないが優しくもない状況に身を浸しているうちに政宗の意識は朦朧としてくる。時折おおきく響く空気と水が混ざり合って弾ける音にはっとする。咳き込むように脈動する腸壁を自分の指で押さえ込んでおそるおそる掻き広げる間も、羞恥と快楽がお互いの居場所を占拠しようとせめぎ合う。もう全てかなぐり捨てて小十郎に取りすがって乞うても良いかもしれないと顔を上げれば、暗がりの中でも光を失うことの無い目は嗤いながらまだ耐えることを要求した。
ならばとにかく、なんとか気を紛らわせる方法が何か無いものかと浅い呼吸を繰り出す唇を開閉させ、辿り着いたのは小十郎の顔だった。額に唇を押し当て鼻筋を辿る。目を閉じていてもわかる凹凸、此処は今蓋をしたばかりの瞼、其の下には眼球、此処は右より左がすこし窪んでいて、此処は骨が張っている、此処には傷痕。
形が胸の中に染み入って組み上がりたった一人の姿になる。政宗にとっての、たった一人。幼い頃から父より母より誰よりずっと自分の傍にいた。奥州会の跡目だった自分も、跡を継いだ自分も、そんなものを取り払ったただちっぽけな十九の自分も全部知っている小十郎だ。

「こじゅう、ろぉおっ・・・!」

思ってしまえば強請る浅ましさを必死に殺そうとしても、もう無理だった。
最後の方は涙を堪えるのをやめて声を上げて泣きはじめた瞬間の響きに似て、二人の理性を同時に崩落させた。口付けで息を繋げたままに小十郎は政宗の性器と手の戒めを解き、政宗は己の蕾を指で開かせて其処に自らが拙い手つきで前を寛げ取り出した小十郎の猛る切っ先を導いた。長い拘束によって開きっ放しになってしまった鈴口からは勢いの無い濁った精液がだらだらと流れ出していたが、そちらよりもずっと中が疼いている。

「は、は、っぐ、あ、あぅ、あ、」

痛みも熱さも心地良さもまとめて飲み込めば愛おしさにこめかみが甘く痛んで視界が滲んだ。
政宗の腰を支えていた小十郎の手の甲にぐ、と筋が浮かぶ。添えるだけだった手指が腰を掴もうとしていると認識した時には焼け付く塊を根元まで打ち込まれていた。

「ひっ、ィ―!!!―・・・!、!―、」

脳天まで貫かれたような衝撃に、政宗はかすれた叫びを上げて全身を痙攣させる。身につけたままの小十郎の黒いスーツに白い飛沫が点々と散ったことにさえ最早気付かずいるようだった。更に容赦なく腰を押さえつければ耐えられないという風に両手で顔を覆い背をたわませて逃げようとしたが、腕を回されてしまえばどうしようも無い。

「んく、う、んんん、ぁ、や、いゃ、ああぁあ、」

度が過ぎる刺激(既に快感に変わっているのかもしれない)のせいか政宗の零す子供じみた意味の無い音声の連続を耳にしながら、小十郎はまるで内から発光しているかのような錯覚を起こさせる白い肌に再度かぶりつく。健気な体はそんな行為にさえ応え紅く花を咲かせて震えた。それから汗で滑る背にそれでも何度と無くしがみつこうと努力する指先を、包むように握りそっと口に含む。嬌声の狭間に散る、ほ、という安堵の溜息を他に知る者はいないだろう。

「こじゅ、ろ、こじゅうろう、っ、」

無意識なのか、政宗の片手は自重によって胎の奥深くまで至った小十郎の男根を探るように己の下腹を撫ぜていて、そんな姿を目の前にこれ以上余裕を保っていられるほどは小十郎の理性も鍛えられてはいない。欲を剥き出して愛しい人の心と体を貪りつくすべく、乱暴なほどの力で頼りなく揺れる痩躯を突き上げる。肉同士がぶつかり、溶け合いそうになりながらも無理矢理に引き剥がされる渇きを帯びた水音が絶え間なく響き、互いが互いを夢中で求め犯した。
それはやがて二人が繋がっている部分から泡となった白濁が吹き零れても止まない。政宗の咽喉が最早ひゅうひゅうと声になりきらない弱った音しか紡げなくなり、その意識が途切れるまで行為は続いた。




『お父様が亡くなられて・・・、どうなさるのかしら・・・』
『お母様も、―なんでしょ?』
『奥州会も終わりかもしんねえな・・・。いくら若頭っつってもまだ十九・・・』
『しかも今は普通に学生してるって話じゃねえか。きちんと教育は―』


『小十郎、俺は継ぐぞ。』

父の葬儀が終わって、まだ線香のつよい香りがシャツや髪から抜け切らない時に政宗は言った。

『・・・大学は如何なされるおつもりで。』
『やめる。』
『それは・・・・・・よろしいのですか。』
『覚悟見せなきゃなんねえだろ。』


政宗には政宗なりに夢があった。政治経済を学ぶ学部に入り、日本と海外の接点になれる仕事を目指すこと。そのためには自分の国のことをまず知る必要があると、どんなことでも積極的に取り組んだ。興味を持てば他学部の古典から現代の文学、歴史民俗、果ては能や狂言の講義まで取りに行き、時には実際に習い、劇場へ足を運んでとにかくあらゆるものを吸収しようと努めた。大学では伊達政宗という人間が恐ろしい組織のトップを継ぐ位置にいる者だと知るものはほぼ皆無であったし、いたとしても広いキャンパス内で顔を合わせることなど無かった。幼い頃からその立場に苦しめられてきた彼にとって今の生活はまさに小さな自由そのものだったというのに、結局のところ運命はそれを取り上げようとする。

『大丈夫さ。俺には信頼できるダチもいる。それに―お前がいる。そうだろ小十郎。』

そう言ってからからと政宗は笑ったのだ。




「・・・ん、ん?」
「政宗様、お目覚めになりましたか。」

翌朝、政宗が目覚めたのは見慣れた自室のベッドの上で、身は隅々まで清め整えられていた。小十郎はその横に彼の体にはいささか小さなパソコンデスクの椅子を置いて、文庫本を片手に寝起きの政宗を覗き込んでいる。着せられた清潔な白いシャツからは、小十郎の着ているものと同じように淡くしゃぼんの香りがして政宗は思わず深呼吸をして微笑む。
硝子を粉々にした中にひとつずつ虹を宿してばら撒いたような朝の光は、純白によってつよさを増しながら部屋に飛び散る。眩しいけれども今はそんな輝きに瞳を晒しておきたかった。

「寝てないだろ小十郎。」
「いいえ。きちんと仮眠をとっております。」
「必要なのは睡眠だ。」

一人で眠るにはあまりに広いキングサイズのベッドに小十郎を引っ張り込もうとする様子はまるで子供のように無邪気で、腕を引かれている方も仕舞いには困惑気味ながら穏やかな面持ちで命に従った。

「うん。」
「?」

小十郎の胸に額を押し付けながら、政宗はとてもふかく、何かに納得して頷く。
残念ながらその何かは小十郎にはよくはわからなかったけれども、聞くのは野暮な気がした。確かなのは今、主が破顔っていること。こうして、朝をまた迎えられたこと。

「政宗様、―小十郎がお傍におります。」

呟いて髪を梳けば、奥州会の王になった十九の青年はやわらかく目を細めてもう一度こくりと頷いた。


20060927


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